スウェーデン人外交官に伺いました「なぜスウェーデンは先進的なデジタル化に取り組めたの?」

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取材・文・写真=住井 円香(S高1期・ネットコース)

2月に都内で行われ、北欧と日本の有識者がデジタル社会をテーマにディスカッションをした、Nordic Talks Japanというイベントに学園から参加しました。このイベントでは、北欧諸国が国民にとっての利便性を大事にしながら、緻密なデジタル社会構築を推進している様子が強く印象に残りました。そして、こうした北欧諸国の姿勢から、デジタルで学ぶ私たちN/S高の生徒が学べることがたくさんあるのではないか、と感じました。

そこで、さらにくわしくお話を聞きたいと思い、スウェーデン大使館にお願いしたところ、快く取材をお引き受けくださいました。キャッシュレス決済やICT教育などの先進的取り組みで知られるスウェーデンのデジタル化について、駐日スウェーデン大使館の一等書記官(政治担当)、ヨハン・フルトクイストさんにお話を伺いました。

(※インタビューは2022年3月18日、都内のスウェーデン大使館で、英語で行いました。)

話をしてくれた人=ヨハン・フルトクイストさん
・駐日スウェーデン大使館の一等書記官(政治担当)
・過去には日本で「サラリーマン」として働いていたことも

目次

オンラインでなんでもできるーー目指したのは効率化と行政サービスの受け取りやすさ

ーースウェーデンが「デジタル政府」として先進的な取り組みを目指すようになった経緯や理由を教えてください。

「デジタル政府」という言葉は、スウェーデンの政府を正しく表しているかはわかりません。政治的なプロセスがデジタルで行われるわけではないからです。どちらかというと、その行政サービスが、オンラインで提供されているという形ですね。

(行政サービスをオンラインで提供するようになった)動機としては、効率化という面が大きいです。1990年代、「ニューパブリックマネージメント(NPM)」※という言葉が、沢山の国で使われていました。スウェーデンが効率化を求めたのも「パブリックマネージメント」が理由の一つだったと言えます。公的機関での効率化とは、例えば、税務署に出向くような手間を省くといったことを意味します。また、そのことで、国民の行政サービスの受け取りやすさを向上させます。

※ニューパブリックマネージメント(NPM)とは
民間の経営手法を公的部門に応用した新たなマネジメント手法のこと。現場の創意工夫による業務の効率化・サービスの質の向上などを目指している。

ーーでは、スウェーデン政府は、デジタルプラットフォームを通して、具体的にどのようなサービスを提供していますか? 

福祉事務所の役割のようなものから、子育てに関する助成金申請、確定申告までも、すべてオンラインでできます。住民登録や、会社を立ち上げるための手続きもできます。民間サービスにはなりますが、20年くらい前から、銀行サービスもオンラインで受けられるようになっています。正確には覚えていないのですが、私自身、ここ20年ほどはほとんど銀行に出向いていません。

ーーデジタル化が進んだことで、向上したり、提供できるようになったりした福祉や教育などのサービスの事例、また実際の課題解決になった事例があれば教えてください。

教育自体は、そんなにオンラインに移行していません。コロナ禍でも、大学などではオンライン授業がありましたが、基本的に学校はオフライン(対面授業)でした。福祉については、より簡単に短時間の手続きで、住民が公的サービスが受けられるようになりました。ですから、向上した部分というのは、効率的になったところですね。

↑スウェーデン大使館の外観。都心の一角でひときわ目を引く現代美術館のようなスタイリッシュな建物です

スウェーデンの教育制度と、生徒に求められる「デジタル・リテラシー」

ーー子ども向けのデジタル行政サービスがあればご紹介ください。例えばICT教育について、スウェーデンは世界でトップレベルの取り組みをされていますが、日本の公教育は先進国の中で遅れをとっています(OECD生徒の学習調査度到達調査・PISA2018でデジタル機器の授業利用が最下位)。日本との教育制度の違いや学校現場で受けられるデジタルツールなどの違いなどからご説明頂けると嬉しいです。

スウェーデンの教育制度の特徴の一つは、地方分権化されていることです。教育は、(国が学習指導要領を定める日本とは異なり)町や市の責任が大きいんです。また、私学もたくさんあります。暮らしている場所で通う学校が決まるのではなく、自分たちでどの学校に行きたいかを選べるようになっています。ただ以前は、自分で行きたい学校を選べませんでした。私が子どもの頃は、地域で決められた学校に通っていました。

そのため今は、iPadやタブレット端末、プログラミングのクラスを提供することが、学校にとっての売りにもなっています。このように端末を使い、プラットフォームを用いての学校の課題の管理や提出を、早い段階から自然に身につけるようになっています。

一方で、公立私立どちらでも行きたい学校を選べて、私立に通っても費用はかからない。それは、自治体の助成金を、私立にも提供しているからですが、そのことが(教育レベルの)公平さを保つことを難しくしている部分もあります。良い教育を受けさせたい家庭は子どもを地元以外の学校に行かせることで、一部の公立の学校は資金調達が難しくなり、学校間の格差が生まれてしまっています。

教育の危機もありました。PISAテスト(OECD生徒の学習到達度調査)で、数学のランキングがとても低くなってしまったのです。今は、政府が内容の見直しなどを行ったことによって、順位も改善されつつあります。

ーー課題はすべてオンラインで提出するのですか?

オンラインも紙媒体も両方混じっています。例えば、エッセイなどはパソコンで提出しますが、文字の読み書きや数学の計算など、手書きの部分もあります。学年が上がるにつれ、エッセイなどデジタルで取り組むものが増えていくのではないでしょうか。

元々、スウェーデン人の気質はイノベーティブなんです。ハイテク企業や、IT産業など、こうしたIT業界で働く人材を増やすためにも、子どもたちがこれらのテクノロジーを使えるような教育をしなければなりません。ICTの専門家はまだまだ足りていなくて、具体的な数でいうと、国内であと7万人ほど足りていません。

また、昨今の社会では、デジタル・リテラシーが求められます。社会に出るにあたって、基礎的なソフトウェアの扱い方の教育を受けていることが求められています。

ーーデジタル・リテラシーが読解力や読み書きの力と同じように必要なスキルとして求められるという感じでしょうか?

まさにそういう感じです。

教育については、暗記よりも、情報をどうやって収集するかに焦点を置いています。
日本のように文字を覚えるのに時間がかかるということはないという点も挙げられるかもしれません。(スウェーデン語のアルファベット)29文字をどうやって書くか覚えるだけなので。それに対し、漢字はきりがないくらい、ずっと学び続けなければいけません。近年は、数学・算数だと、答えよりも、答えの説明や、答えを出すまでの計算が求められます。

情報をどのように収集するかを教えなければいけないという部分の側面として、情報を批判的な視点で分析する力も身に付けさせようとしていると思っています。インターネット普及前は、図書館に行ったりして情報を収集していましたが、インターネットが普及してからは、情報があふれかえっています。そんな中で、子どもたちはどのように情報のソースの真偽を判別するかを学んでいます。

インターネットが普及する前は、みんなが同じ「真実」を見ていました。NHKも、日本の全国紙も同じ内容を伝えていたので、みんなが共通の「真実」を持っていました。同じ「真実」に対してみんなが持つ意見は違ったかもしれませんが。でも今は、そのころとは違います。私の子どもが、ウクライナ情勢について「友だちがネットで見た」と言っても、「本当に真実なのか?」「情報源は?」と問いかけたくなります。

例えば、地球が丸いという共通の認識をみんなが持っているから、移動方法を話し合う時にも船で移動するのか、といった議論が可能です。ただ、今のように、(いろんな情報があふれて)地球は平らだと認識しているかもしれない人と、地球は丸いと認識している人とでは議論が成立しないんです。

↑デジタルツールを使って学習するスウェーデンの学生たちPhoto: Lieselotte van der Meijs/imagebank.sweden.se 

リスクを恐れない国民性「自分のスキルをアップデートしていかなければならない」

■デジタル化推進に大きな役割を果たした民間認証システムBankIDの活用

ーースウェーデンでは、BankID※と呼ばれる銀行の認証システムと国民のIDを結び付けることなどで急速なデジタル化を進めることができました。日本ではセキュリティの問題などからマイナンバーなどに対して根強い抵抗感もあると言われていますが、国民から信頼を得るためにどのような取り組みがポイントになったか教えてください。

実は、特にこれといった戦略が取られたわけではないんです。国民識別番号が最初に導入されたのは1947年で、国民は既に75年以上も番号が与えられた状態です。だから、みんながこの仕組みに慣れているということが一つあります。当時にどんな議論があったか、最初の行政サービスが何だったかは、昔のことすぎてわかりませんが、税金や国民についてのサービスだったのではないでしょうか。

また、デジタル化推進において、BankIDがとても、とても重要でした。BankIDは民間のものでしたが、政府のサービスのデジタル化を可能にすることに大変大きな役割を果たしました。BankIDで今までにセキュリティ上の目立った問題が起きたことがないことも、信用を保つことができている理由だと思います。

もう一つは、元々国民が政府を信頼しているという点があります。政府の透明性が高いんです。誰かが政府のどんな資料を求める時にも、その請求者が理由を説明する義務はなく、政府は情報を開示しなくてはならないんです。

そしてスウェーデンには、物事を記録するという伝統もあります。そのこともあって、情報を管理されることにあまり抵抗感がないんです。スウェーデンでは世界的に古くから、教会が戸籍のような住民登録の管理を行ってきました。多くの人が自分の先祖・親戚をさかのぼることができます。17世紀だろうが18世紀だろうが、調べられるんですよ。

※BankIDとは
スウェーデンの主要な銀行が参加している共同事業体が発行する電子認証サービス。BankIDはスウェーデンの国民識別番号である、パーソナルナンバーと結び付けられ、納税や確定申告など多くの行政サービスでも使うことができる。

↑携帯アプリでアイスクリームを買う様子Photo: Lieselotte van der Meijs/imagebank.sweden.se

■急速なキャッシュレス社会への移行で見えた課題「包括性と保全性」

ーー急速なキャッシュレス社会への移行が実現したことによって、特に高齢者などを取り残さないことが課題になったかと思います。今後想定されている課題とその解決に向けた取り組みを教えてください。

キャッシュレス社会について言えば、 元々スウェーデンはイノベーティブで、ATMもかなり早い段階からありました。スウェーデンの人たちは、テクノロジーに慣れています。Swishというキャッシュレスで払えるアプリによって請求は全部一括で払えます。

スウェーデンには、主に二つの課題があると思います。一つは、先ほどの高齢者をどうするかなど、包括性の部分です。もう一つは、個人的には保全性ではないかと思っています。すべての購入などの履歴が残ることなどへの懸念があります。ただ、こちらについてはあまり議論が進んでいません。

ーースウェーデンでは、デジタル化が加速する中で、今の仕事がなくなることを懸念する人はいないのでしょうか?

スウェーデンでは、仕事がなくなることについて心配する声はあまり上がっていません。再教育を受けやすいというのも、心配の声が上がらない理由の一つかもしれないですね。職業自体は守られていないのですが、人は(国から)守られています。失業の補償を受け取ることができます。デジタル化はICT専門家といった高収入の職業を生み出すという側面もあります。

また、スウェーデン人が世界で最もリスクをとることを恐れない、という研究もあります。大学も無償なので、学び直しなどを恐れない傾向がありますね。例えばアメリカでは、年間5万ドルぐらいの学費が簡単にかかってしまいます。それでは、中年になり、家族も抱えている状況で、仕事を辞めて起業したいと思ったところで、大学に行って学び直すというリスクはなかなかとれないですよね。スウェーデンではこうしたリスクを選んでも、充実した福祉制度が支えてくれます。日本では、そこまで福祉制度が強くないのかもしれません。また、元々イノベーティブな風土なので、スウェーデンの人々が自分のスキルをアップデートしていかなければならないことも理解しているからです。

日本では(オンラインでできる行政のデジタルシステムが進んでいないため)、1日仕事を休んで、市役所で飼い犬の予防接種証明を取りに行ったり、運転免許証の更新などをすることになります。ただ、日本の人にとっては、そういったデジタル化がされていないことで、人の手で行う仕事が残っている、という風にポジティブにとらえることもできますね。

そして、スウェーデンでは、学校で市民の民主主義への責任も学びます。伝統的に小学校で模擬選挙が行われたりします。実際の選挙でも、8割以上の国民が投票をしています。若者の投票率が低い日本と違い、スウェーデンでは若者も投票率が高いですね。

スウェーデンの多くの若者は、「政治に積極的に関わりをもつにはどうしたらよいか」という問いに対してきちんと答えられます。若者向けの政治団体があり、先ほどの問いの答えの一つは、こうした「若者向け政治団体の地域支部に行ったりする」ということなのです。おそらく先ほどの問いに、日本のほとんどの若者は答えられないのではないでしょうか。スウェーデンでは、こういった政治的な活動が草の根的に存在しているんです。

↑スウェーデン大使館の玄関。この日は真冬に逆戻りしたような気温でしたが、貴重なお話を伺えたことに夢中になり、玄関の外に出たとき、しばらく寒さを忘れるほどでした。

終わりに

今回、ヨハン・フルトクイストさんのお話からは、スウェーデンの方たちの自身のスキルをどんどんアップデートしていこうとする気質やイノベーティブな風土、そして政府の高い透明性が印象に強く残りました。デジタル社会に先進的に移行できているのもこうした土壌が後押ししたもので、一朝一夕に得られたものではないのだと教わった気がします。

日本でもデジタル化を加速するには、特にデジタルに慣れている私たち若者がシステムだけでなく考え方のアップデートに取り組むこと、そして行政組織には信頼度を高めてもらえるよう透明性を求めていくことが、大切なのかもしれません。

最後に、高校生の私にもわかりやすく丁寧に説明をしてくださったヨハン・フルトクイストさんをはじめ、取材連絡では大使館職員の皆様にとても温かくご対応いただきました。大変貴重な機会を作ってくださったスウェーデン大使館の皆様に心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

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