誰も取り残されないデジタル社会について北欧から学ぼう!~Nordic Talks Japanに参加しました(前編)

文=住井 円香(S高1期・ネットコース)
「IT革命」という言葉が、新語・流行語大賞に選ばれたのは、2000年のこと。それから20年以上が経ち、スマートフォンのような新しい端末があっという間に社会に浸透し、インターネットはもはや新しいものではなくなりました。「ネットの学校」、N/S高の存在も、ひょっとしたら当時には想像できなかったもののひとつかもしれません。
しかし一方で、日本のデジタル化の国際的な位置づけをみると、2020年デジタル競争力ランキング(スイス・国際経営開発研究所公表)で27位になるなど、遅れを取っています。それに対し、デジタル化で先進的な取り組みで知られるのが、同ランキングでデンマーク3位、スウェーデン4位といった北欧諸国です。
そんな北欧5カ国の大使館と、日本市場における自国の優良な技術系スタートアップ・成長企業の参入と成長を支援するために設けた政府系プラットフォーム「ノルディックイノベーションハウス東京」は、昨年からNordic Talks Japanと題したトークイベントを開いてきました。今回2月には「信頼と包摂性:北欧から学ぶ誰も取り残されないデジタル社会」をテーマに、会場となった東京・赤坂のUNIVERSITY of CREATIVITYとの共催で実施されました。この議論にはデジタル社会の未来を担う若い世代との対話が大切だという主催者側の考えで、日々オンラインで授業を受けている私たちもデジタル社会の現場の当事者として招いていただき、対話に参加してきました。
様々な形でデジタル化に関わってきた北欧と日本を代表する人たちが展開した議論では、何のためにデジタル化を推進しなければならないのか、デジタル化を進めるには何が問題なのか、北欧諸国はどのような工夫をしたのか、といった点についても話されました。デジタルと切り離せない学園生活を送る私にとっても、とても興味深い内容でした。
※ 記事は前・後編の2回に分けて掲載します。今回は前編です。テーマのうち、主に包摂性を中心に議論が交わされました。

【スピーカー】
・リッケ・ジーベア氏(以下リッケさん):デンマーク産業連盟デジタル化担当、デンマークデジタル庁前長官
・ヘンリク・ヨハンソン氏(以下ヘンリクさん):Crypto.com エグゼクティブ バイス プレジデント(成長戦略責任者)、Spotify Japan前最高責任者
・河野太郎氏(以下河野さん):衆議院議員、自民党広報本部長
【モデレーター】
・石倉洋子氏:デジタル庁デジタル監、一橋大学名誉教授
※肩書は、イベント当時のものです
デジタルトランスフォーメーションを成功させるカギが「信頼と包摂性」
最初に主催者を代表し、ピーター・タクソ-イェンセン駐日デンマーク大使が開会の挨拶をしました。
まず、今回のテーマに「信頼と包摂性」、「誰も取り残されないデジタル社会」を選んだ理由については、「すべての市民と環境に配慮した持続可能な社会をつくるには、公共部門と民間部門の連携による透明性と説明責任のあるデジタル化が必要で、信頼と包摂性に重点を置くことがデジタルトランスフォーメーションを成功させるためのカギであると信じているためだ」と語りました。
そして、日本にいながらデンマークのデジタル版新型コロナワクチン接種証明書をすぐに受け取ることができた経験などに触れ、デジタルインフラが社会生活を楽で効率的なものにし、パンデミックでは「社会の危機に際し、回復力を高めてくれた」と説明。今回のイベントで「北欧諸国がデジタル化のフロントランナーとして走り続けてきた中で、経験してきたことを共有したいと思っている」と話しました。

デンマークのデジタル化:基盤はデジタルIDと国が義務化したメールボックス
登壇者の先頭を切ってリッケさんが、デンマークのデジタルトランスフォーメーションの特徴について紹介しました。
デンマークの20年以上に及ぶデジタル化の道のりの中で、キーワードになったのは「協力」。国・自治体・地域の連携だけでなく、公共部門と民間部門の垣根を越えた協力のもとでデジタルインフラの構築に取り組みました。
ほとんどの国民が、日本のマイナンバーに該当するデジタルID(以下eID)を持ち、10年前からはメールボックスを持つことが義務付けられ、自動的に国から与えられるようになったことが、デジタルインフラの基盤となったそうです。国民はeIDを使えば、メールボックスですべての公的機関からの通知を受信したり、書面交付されたりするだけでなく、希望した民間企業からのメールも受け取り可能、と説明しました。
こうして「以前は複数の役所に行かなければならなかったところを、今では市民ポータルを使用して必要な手続きなどをすべて行うことができます」「eIDで自分の身元を証明すれば、生活保護申請から、幼稚園や学校の入園・入学申込み、住所変更の手続き、医療の記録の閲覧なども可能です」と大きく利便性が向上した様子について紹介しました。
国を挙げてデジタル化の推進を図ったデンマークですが、この日のテーマである「誰も取り残されない」「包摂性と信頼」に関わる重要なポイントとして、デンマークは法律による義務化を選んだときに「例外」を作ったことを強調しました。「自宅にコンピュータがない場合や、コンピュータを使用できない場合」は紙の書類を使うことも可能にしたそうです。
こうした努力の結果、当初の目標値だった80%を上回る現在92%の国民が市民ポータルサイトを利用しているとのこと。元々「民間企業が提供するサービスがデジタル化されているため、公共部門にもこういったデジタルサービスを提供してほしいという期待があります」と付け加えました。

民間運営システムが活用されているスウェーデン:大切なのはユーザーの観点
続いて、スウェーデンのデジタル化について、ヘンリクさんが話しました。
スウェーデンでは1990年代に、各家庭で比較的性能が高いパソコンを購入し、インターネットにアクセスできるようにするため、収入に関係なく、税控除などを含めた政策・プログラムを実施しました。こうした取り組みの恩恵で、国民は早くからインターネットにアクセスするための端末などを利用することができるようになったそうです。そのため、デンマークと異なり、スウェーデンはデジタルIDを義務付けてはいないものの、利用率は非常に高いそうです。
また、スウェーデンは銀行などの民間によって運営されているデジタル認証IDシステムが最もよく使われていることが紹介されました。そして、ヘンリクさんは国がデジタル化を進める重要なポイントとして、デジタルサービスがどんなメリットをもたらすのかを「ユーザーの観点から慎重に検討することが絶対必要だ」と強調しました。
「ユーザーにとってのメリットや既存のものに比べて優れている点を、十分に説明できなければ、デジタル化の道のりに一緒に参加するように人々を説得することは難しいと思います」
さらに、ユーザーにとっての「価値」にも着目するよう話しました。「ほとんどの人は、それほど頻繁に行政機関とやり取りしないと思います。(確定申告など)年に2、3回しか行わないことなら、そのようなIDを持つ必要性を感じないかもしれません」。そこで、デジタルIDの価値を高めるためには「導入するシステムが何であれ、民間の手法を取り入れて、提供する政府サービス以外にも役立つシステムにすること」を提案しました。

デジタルトランスフォーメーションのジェネレーションギャップが難しくする「包摂性」
河野さんは、日本のデジタル化の現状について話しました。そして、高齢化が進み、人口が減っていく中で、デジタルトランスフォーメーションをする必要性が高まっているにもかかわらず、依然としてデジタル化を進めることに対して国民の中に警戒心が強い点を指摘しました。
また、世論調査で「どのメディアから政治ニュースを入手しますか」という質問に対し、どの世代もトップはテレビだったものの、2番目の情報源として、50歳未満は「インターネット」、50歳以上が「新聞」だった例なども交え、「若い人たちはすでにデジタルトランスフォーメーションをしていると思う」という考えを披露しました。

若者のデジタルトランスフォーメーションから、さらに議論が展開していきました。
ヘンリクさんは、デジタル化の包摂性についての議論では高齢世帯を含めることが重視されることが多い一方で、それを理由にして「デジタルトランスフォーメーションを進めなければ、かえって若い世代を締め出すことになる」と指摘。日本の官庁ではファクスのやりとりが慣習化したままという話題が挙がったこともあり、「生まれた時からiPhoneを持っていた世代が、慣れないファクス機を使用できない」可能性に触れました。
包摂性を考えて特定の層への配慮に重きを置くと、別の層にとっては包摂的といえなくなってしまう…。こうした「包摂性が持つ二面性は、普段あまり議論されていない視点かもしれない」というヘンリクさんの指摘は、今回のテーマの難しさをあらためて感じさせられました。
包摂性を高めるため「市民社会を巻き込み、変革に関与させた」
では、高齢者率が高い国でもあるデンマークでは、デジタルトランスフォーメーションにおける包摂性を高めるために、どのような取り組みを行ったのでしょうか。この議論を引き継いだリッケさんは、ここでもカギとなったのは「協力」だ、と話しました。
デンマークでは公共部門と高齢者の団体と協力し、すべての高齢者のために全自治体の地域レベルで、デジタル端末の使い方を教える講座を設けたそうです。また、実際に高齢者が足を運んで相談できるサービスセンターを自治体に設置して、高齢者が情報を入手したり支援を受けられたりするようにした、と説明。「市民社会を巻き込み、変革に関与させたのは大成功でした」と胸を張りました。
また、リッケさんはこの取り組みを通して「多くの高齢者は学ぶことが大好きということがわかった」と語ります。高齢者はデジタル端末を使えるようになり、コロナ禍でも「端末を使って孫と会話する方法を学べて、とても喜んだこと」や、「今では多くの高齢者がデジタル化を好んでいること」など、うれしい発見があったようです。
しかし「今、話しているとすべてがとても簡単であるように聞こえますが、もちろん簡単ではありません。私たちは多くの障害と多くの課題に直面しました」と、ここまでの過程にたくさんの努力が費やされたことも強調しました。
「社会のスピードや変化に追いつくのに苦労している高齢者もいます。しかし、紙で記録する世界でも、高齢者や、高い技能を持たない人々は書類を理解・記入することに苦労していることも覚えておく必要があります」
取り残されてしまう人々をどう包摂するのかという論点は、実はデジタル化によって起こったものではなく、私たち社会がずっと以前から抱えてきた重要な問題であるとも述べました。
そして、高齢者以外にも、障がいがある人やホームレスの人らといった今まで公共部門での手続きに苦労していた人々が、デジタル化で手続きが容易になったと説明。特にホームレスの人たちのほとんどがスマートフォンを持っていることがわかったことが後押しになったようです。これらの過程でも、ホームレスの人々や障がい者の団体の人々を招いて、どんな問題を抱えているか対話をして、解決策を探るということを重ねてきました。
「政府のすべてのレベルと民間部門、そして連合や市民社会との連携は、この変革において非常に重要だと思います。国が単独で行うことはできません。すべての人々を関与させる必要があります」。包摂性を高めるために、リッケさんは「協力」と「連携」、「すべての人々の関与」という言葉を繰り返しました。

※ 後編に続きます。
コメント