【好きなこと、好きなだけ学べるって、本当? vol.1】〜法学研究をしたみさきさんの話〜

「通信制は“好きなことがある人”にはいいよね。」
N高への進学を伝えたとき、周囲からよく言われた言葉です。
応援の言葉だったのでしょうけど、私にとっては「好きなことを持たなければならない」という重圧になりました。
入学当初の私は、特別な興味や得意分野があったわけではなく、「この学園を選んだことは正しかったのか」と迷うことが多くありました。学園には活躍している生徒が多く、「自分だけ取り残されているのではないか」と感じることもありました。
そうした中で出会ったのが「学問の面白さ」です。
この記事では、「好き」や「得意」を持たずに入学した私が、学問に惹かれ、自分なりの居場所を見つけていくまでの過程をお伝えします!
自己紹介
N高2年の賀須井美咲(かすいみさき)です。
もともとは中高一貫校に通っていましたが、中学2年の夏から起立性調節障害の影響で欠席が増え、不登校になりました。体調の良い日には登校することもありましたが、高校では進級が難しくなると感じ、中学卒業後の進路として通信制高校を選びました。
数ある通信制高校の中でN高を選んだのは、学習スタイルが多様で、自分に合った生活を送れると感じたからです。また、通学コースのオープンキャンパスで出会った先輩方の明るく優しい雰囲気に触れ、「通信制」に対する従来のイメージが大きく変わったことも決め手になりました。
現在はN高グループ研究部(※)に所属し、法学をテーマに研究を進めています。研究活動に加え、大学での科目履修やビジネスプランコンテストへの挑戦、学生団体での活動、フェスの運営ボランティア、俳句大会への出場、N高グループ生徒会メディア広報委員会での記事執筆など、学内外で幅広く経験を積んできました。
※中高生(所属校は問わない。無所属も可)の学術探求活動をサポートするコミュニティ。

「好き」に出会うまで
中学を卒業したとき、私には「好き」と言えるものも、得意だと胸を張れることもありませんでした。何もない自分に焦りを感じ、「このままではいけない」と思った私は、姉に紹介してもらった特定非営利活動法人の活動に応募し、課外活動を始めることにしました。外国人支援を中心としたその活動は、日常では触れることの少なかった社会の課題を目の前に運んできてくれ、自分の視野を大きく広げると同時に、人権について深く考えるきっかけにもなりました。

やがて「話のネタになれば」と軽い気持ちで足を運んだ裁判傍聴が、思いがけず大きな転機となりました。
法廷に立つ、小さく丸まった背中の被告人の姿を目にしたとき、仮に罪を犯してしまった人でも、また同じ人間であり、司法はどんな人も「人」として扱う場なのだと強く感じたのです。知的障害を抱えるホームレスの老人の裁判を追い続け、最終的に執行猶予と生活保護の受給が認められたとき、司法には「社会から取りこぼされた人を戻す力」があることを実感しました。
そこから、司法へ関心が高まった私は模擬裁判に参加し、弁護士役を務めることで、社会で「悪」とされる人を守るという新しい正義の形を学びました。

外の世界に踏み出す経験を重ねることで挑戦へのハードルが下がった夏、偶然SNSで「聴講生制度」の存在を知りました。調べてみると、高校生でも中央大学経済学部の講義を無料で受講できるとわかり、迷いながらも家族や友人の反対を押し切って申し込みました。学園が快く推薦書を発行してくれたことは、挑戦をする上で大きな支えとなりました。そこで出会った大学での学びは、それまでの詰め込み型の勉強とはまるで異なり、社会課題をテーマに知識がつながっていく感覚に胸が躍りました。

講義で紹介された概念を日常の中で見つけると、自分の世界に新しい視点が加わったように感じ、「勉強ってこんなに楽しいのか」と思うようになりました。やがて朝から晩まで大学図書館にこもるほど学びに夢中になり、提出したレポートが優秀作として講義で紹介されたときには、自分の取り組みが誰かの手本になる喜びを初めて感じました。
また、この頃の私は、中学時代に不登校を経験したことから、教育から取りこぼされた子どもたちへの関心も強く持っていたため、東京学芸大学でTokyo Education Show(※)の運営に関わり、「教育はかっこいい」と信じる仲間と出会いました。
※教育を志すすべての人が「教育・教職は楽しい!かっこいい!」って思えるようになるためにあたらしい教育を魅せる教育研究フェス
また、立命館アジア太平洋大学では高校生特命副学長(※)のサポートアソシエイトとして活動し、未来に求められる教育のあり方を大学に提言する仲間のサポートを行いました。
※これからの未来の社会を生きる高校生の視点から、「大学」という場所のあるべき姿を考え、今の大学に不足しているもの、追加されるべき要素を明らかにし、提言を行う役割。
どちらの活動も「子どもに本気で向き合う大人」と共に取り組むものであり、私にとって大きな財産となりました。
中央大学では経済学を学び、課外活動では渉外やクラウドファンディングを担当し、冬にはビジネスコンテストにも挑戦しました。

数字を追い求める日々は刺激的でしたが、その一方で、次第に「自分が本当に向き合いたいのは経済社会の外にいる人々なのだ」と気づいていきました。そのとき思い出したのが、裁判傍聴や模擬裁判を通して感じた「すべての人に適用される法」の存在です。そこから関心は法学へと移り、早稲田大学法学部での聴講にも挑戦しました。教授や学生との対話を重ねるうちに、「大人の制度から取りこぼされた子どもの人権」こそ自分の探究すべきテーマだと確信しました。
東京学芸大学でのボランティアや、立命館アジア太平洋大学での活動を通じて出会った「子どもに全力で向き合う大人たち」の存在を信じられるからこそ、この研究テーマを強く信じることができています。

「好き」に出会うまでの道のりは決して短くはありませんでしたが、その一つひとつの経験が私の強い志を形づくり、苦しいときにも研究に向き合える理由を与えてくれています。
「好き」を見つけてから
法学という「好き」を見つけてからの私は、一人で突き進むだけでなく、学園の仲間と共に学ぶことで成長してきました。
なかでも大きな支えとなったのは、N高グループ研究部のアドバイザーです。研究の進め方を示すだけでなく、知り合いの専門家につないでくださったり、「あなたから学ぶことが多い」と言いながら議論を楽しんでくださったり。全力で伴走してくれる姿に触れ、「人は一人で成長するものではない」ということを学びました。
また、研究を共にする部員の存在も私にとって欠かせないものでした。分野は異なっていても、互いのテーマに関心を寄せ、真剣に耳を傾けてくれる姿勢に励まされ、多様な背景を持つ仲間と議論を重ねるなかで、自分の視野がいかに狭かったかに気づかされました。その気づきは、研究を新しい角度から見直すきっかけとなり、探究を深める力につながっています。

入学当初の私は「誰からも助けられなくていい」「自分の世界は理解されなくていい」と塞ぎ込んでいましたが、仲間と共に進むことで新たに見える景色があることを知り、「人生は仲間と歩む方がずっと楽しい」と思えるようになりました。
「好き」を育て、深めてくれたのは人との出会いです。研究を続ける力の源は、自分の関心だけでなく、一緒に歩んでくれる仲間の存在にもあります。
N高の魅力
N高は「好きなことを見つけ、伸ばせる場所」です。高校生という多感な時期に、目指したいと思えるロールモデルや異なる分野で活躍する仲間と出会うことができ、尊敬できる人たちに囲まれながら自分の関心を育て、深めていける環境が整っているのが大きな魅力です。
その魅力を支えているのは、挑戦を歓迎する柔軟な仕組みです。ワークショップや部活動には気軽に参加でき、「合わない」と思えばすぐにやめることができるため、安心して一歩を踏み出せます。そうした試行錯誤の経験は決して無駄にならず、次の挑戦へ踏み出す力につながると感じています。学園自体も生徒の声に耳を傾け、前例のない取り組みにも柔軟に対応してくれるので、新しい挑戦を恐れずに進めることができます。

また、3万人を超える大規模な学園であることも大きな強みです。どんな分野にも関心を寄せてくれる仲間が必ず見つかり、異なる背景を持つ生徒と交流するなかで、自分の視野を広げ、新しい角度から学びを見直すことができます。学園そのものも挑戦を全力で後押しし、生徒一人ひとりが安心して成長できるよう支えています。
教育のあり方も先進的で、自主性を尊重しながらも、一人ひとりにしっかりと目が向けられています。進学や就職など幅広い進路の選択肢が用意されており、「人生にはこんなに多くの可能性があるのか」と実感できます。進路を押し付けられることはなく、決断のときを待ってくれる一方で、挑戦を決めた際には徹底的に支えてくれる点も安心です。
N高で得られるものは、スキルや進路目標だけではありません。
好きなことを見つけ、それを伸ばすことができた経験は、私にとってかけがえのない財産になりました。今では、心から「N高を選んでよかった!」と思っています。
終わりに
私は「天才」と呼ばれるような特別な人間ではないけれど、入学時に抱えていた「何者にもなれない」という不安には、今なら「自分らしく進んでいけば大丈夫」と返すことができます。挑戦を重ねて得られたものは、実績以上に、「何者かにならなくても、自分の足で進んでいける」という自信と、挑戦を応援してくれる仲間の存在でした。
まだ「何もない」と感じている人も、走り続ければ必ず道は開けます。N高には、その一歩を踏み出すきっかけと、「好き」を伸ばすための仲間やカリキュラムがあります。
長くなりましたが、どうか、入学前の不安な君へ、届きますように。


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