【新R25コラボ企画】自分の軸を確かに、幸せを見つけるー歴史から紐解く過去と現在のwell-beingー

取材・文=あつひめ(執筆5期・通学コース)
(前段)
「“はたらくWell-being”を考える」と題した企画として、N高グループ生が“はたらくWell-being”を体現している人や応援している人、あるいは組織を取材し、高校生の視点からこれからの“幸せ”について考えます。
今回ご紹介するのは、立教大学文学部史学科特任准教授の寺尾美保(てらお みほ)さんです。
寺尾さんは鹿児島県出身で、幕末から明治時代にかけての歴史、特に薩摩藩主・島津家を事例に、華族制度の形成過程を考察されています。
また、子ども向け書籍『みんなの篤姫』や共著『カメラが撮らえた 幕末三〇〇藩 藩主とお姫様』など、幅広く執筆されています。
筆者も小学生のころに『みんなの篤姫』を読んで以来、幕末という激動の時代を強くしなやかに生きた篤姫に魅了され、幕末や女性史に興味を持つきっかけをいただきました。
大学で講義などを行う寺尾さんに、現役N高グループ生のあつひめが、歴史から紐解く「過去と現代のWell-being」について伺いました。
お話を聞いた方
立教大学文学部史学科特任准教授
寺尾美保さん

あつひめまずは寺尾先生の現在のご研究について教えてください。



明治前中期における旧大名が、いかにして自己を華族として位置づけたのかということについて、島津家を事例として研究してきました。
現在は、明治後期以降まで視野を広げて華族研究を継続しています。
私はずっと同じことをしているのが好きなんです。
自分の研究としてやっていることの一つとして、大名が明治になって公爵・伯爵などの華族へと変化していく過程を、制度の話ではなく“家”という観点から追求しています。
私の場合、ひたすら深く探っていくというプロセスを続けていますが、そのなかにも発見があって、楽しいと感じます。



江戸時代のはたらく人々のはたらきがいとは、どのようなものだったのでしょうか。



江戸時代は長い時代ですので、人々のはたらき方は幅広くありました。
あつひめさんが、私が執筆した天璋院(※)の本を読んでくださったということなので、今回はその時代でお答えさせていただきます。
彼女の人生は、自分の意思で結婚を選べず、環境も目まぐるしく変わっていきました。
嫁いだ徳川家は、明治維新のころには家の存続の危機に追い込まれ、自分自身の立場も危険な状況に入っていくわけです。
江戸時代というのは、自分の意思に基づく選択だけで物事が進んでいくことはなかなかない時代です。
天璋院の場合は異例で思わぬ展開だったと思いますが、ほとんどの場合は生まれながらにして住める場所とか、どういう人になるかというのが決まっています。
そうすると、選択することそのものに生きがいがあるというよりは、それぞれの環境のなかで、しなやかに状況を受け入れながら、葛藤や模索を重ね、自らを状況に適応させながら生きがいを見つけていくということだったのではないかと思います。
※天璋院(てんしょういん)=天璋院篤姫…江戸時代後期から明治を生きた女性。
薩摩藩島津家の一門、今和泉島津家に生まれる。第13代将軍・徳川家定の妻となった人物。



そんな状況で、日常のなかの楽しみというのはどのようなものだったのでしょうか。



天璋院には、あるとき「生家である島津家と徳川家が武力衝突する可能性が出てきたため、危ないから薩摩に帰っては」という提案がありました。
でも天璋院は、それ自体はお断りして徳川家にずっと身を置いていました。
ですが薩摩の赤味噌を取り寄せたり、彼女の婚姻調度品だと思われる桜島が描かれた掛け軸を持っていたりと、故郷に帰らないという選択をしながらも、日常の暮らしのなかに自分の故郷を思うような楽しみを見つけていたようです。
以前担当した展覧会で天璋院や和宮(※)のお着物を比べてみると、一目でわかるぐらいお色味が違いました。そういうのを見ると、ご自身でお選びになっていたのではないかと想像します。



故郷の味や調度品、着物など、日々の生活のなかでそれぞれに楽しみを見出していたんですね。
※和宮 第120代天皇・仁孝天皇の娘。第14代将軍・徳川家茂の正室。天璋院は和宮の姑にあたる。
ささやかな楽しみは今も昔も変わらない



天璋院が過ごしていた江戸城大奥で、はたらく女性たちの生きがいというのはどのようなものだったのでしょうか。



おそらく食べることやおしゃべりをすることだったのではないでしょうか。
それは今も変わらないことで、ささやかな楽しみとは、好きなものを食べるとか、人とつながって他愛ないおしゃべりをするとか、そういうことではないかと考えています。
大きな部分で楽しみを見つけるというよりは、自分がいるべき空間で見つけていく楽しみというのは、結局今も昔も変わらないんじゃないかと思いますね。





江戸時代や明治時代の社会のなかで、幸せの象徴のようなものはあったのでしょうか。



江戸時代だとあまり選択肢がないですが、明治時代になると比較的自由になります。
ただ、自由って一見よいものに思われがちですが、そこには競争が生まれてしまうし、大きな努力をしなければならないという厳しさもあると思います。
そうすると、やはり人は自分の軸を見つけなければ幸せを感じられないんじゃないかと思うんですよね。
「なんでもいい」と言われる状況は、実はとても厳しい。
天璋院もそうだったように、葛藤や模索をしながら、多くの失敗をしてきたのではないかと考えています。
そのなかで何かが見つかり、道がつながっていく。それが結果として幸せにつながるのではないでしょうか。
だからこそ、自分を失わないでいられたらと思いますね。
私は江戸時代から明治時代への移行期を研究していますが、ある日を境にガラッと変わったというよりは、多くの人がさまざまなかたちで動揺や試行錯誤を重ねながら、徐々に変化していったと考えています。幸せを一瞬一瞬で決めずに、続けていくなかで感じられるものがあるのかなと。
変化や失敗を恐れず、自分の軸をブラさずに続けてみること



現代社会で“Well-being”をもっと広げていくためにはどうしたらいいと
考えますか?



今話したことの繰り返しにはなるのですが、二つ思うことがあります。
一つは変化や失敗を恐れず、自分の軸をブラさずに続けてみること。
環境が変わったときに、天璋院の如くしなやかさを持って、とりあえず順応してやってみることで見えるものがあると思います。
短期のスパンで見ると辛く感じることはあるかもしれませんが、自分の軸から大きく外れていなければ、続けてみると見えるものがあるのかもしれません。
二つ目は質問をいただいて気づいたことなのですが、楽しみというのは「人とのつながり」が大きいのかなと思います。
リアルに家族などとつながれたらもちろんいいのですが、そうじゃなくても何か自分で決めたものを追いかけていれば、そこでのつながりも見えてくるのではないかと。
歴史から学ぶとするならば、こうした点ではないかと感じています。





寺尾先生が、仕事で人と関わるときに心がけていることを教えてください。



普段は大学にいて、学生や異なる研究をされている方と関わることが多いので、最初から、すべてが自分と同じではないだろうな、と思っています。
ただ、「知りたい」という気持ちはあります。
じゃあどうやって知ればいいのかというのはあまりわからないのですが、人には興味を持っていますね(笑)。



日常のなかで大切にしていることについて教えてください。



実は私、クラシックバレエを観るのが好きなんです。2000年に放送された密着番組で、あるバレリーナさんが出演されていたのを観て、それ以来その方が上演されている舞台をずっと観に行っています。
推し活のような感じですね(笑)。
先ほどの話に通じる部分もあるのですが、誰かを応援するのは生活のなかで楽しみになりますし、ハリが出たり、自分だけではなかなか出会わないものや場所に連れて行ってもらえるのでいいなと思いますね。



では、25年ほどそのバレリーナさんを応援されているんですね!
寺尾先生がそれほどその方に惹きつけられた理由ってあるのでしょうか?



知った当初は、ただ単純に好きだったんだろうと思います。私は同じことを続けるのが好きなので、毎回感想をお届けするタスクというのを自分のなかで決めているんです。
そのうちに、ファン仲間ができたり、ご本人とお話しさせていただく機会があったりして、その方のお人柄も含めて好きになりました。
やりたいことが「ブレていない」と思えた瞬間が幸せ



寺尾先生が考える幸せを教えてください。



研究したり教えたり講演したり、と私の活動はいろいろありますが、ベースとしては、1人で考えていることが多いんですね。
それ自体はもちろん好きだから続けているわけなんですが、やはり幸せを感じるのは人と触れ合ったときや、つながってるなと感じたときだと思います。
最初から好きなことを仕事に、と決めていたわけではなくて、いろんなステップを経てこの仕事にたどり着きました。
でも、やりたいことはブレていないと思います。
そう思えた瞬間が幸せだなと感じますね。


失敗しても次につながる



今若者に読んでほしい本、先生がこれまで読んで印象に残っている本について教えてください。



特定の本を紹介することが得意ではないのですが、私は小学生のころに伝記を読むことが好きでした。
今も研究で使う使わないに関わらず、回顧録や日記を読むことが多いですね。
最近取り組んでいる研究では、華族の人が明治のころに特殊な暮らしをしていたことを扱っていますが、それを記録した回顧録や日記は半分趣味のようなかたちで集めています。
なぜそれが好きかというと、個々の出来事そのものよりも、その人が体験したことや人生そのものをたどるのが好きだからです。
誰でもいいと思うのですが、もし気になる人がいたら、その人が書いている本や伝記があれば読んでみるといいかもしれません。
自分とは違う人生のようで、通じるものを感じたりして面白いんじゃないかなと思います。





苦手な人や自分と合わないと感じた環境で仕事をしなくてはならないときに、寺尾先生はどう対処されていますか?



そういうときこそ、自分にとって何が一番大事なのかを考えます。
もしその環境にいることがものすごく重要なのであれば、私はそれ以外のことは結構「今はどうでもいいや」と思えるタイプなんですよね。



私は結構気にしてしまうタイプです…(笑)。



自分のなかで優先順位をつけるところがあって、たとえば自分が「この資料を見たいからこの環境にいたほうが絶対いい」と思ったら、それ以外のことは多少は受け入れられます。
全部をそろえようと思うと、迷子になりそうな気がして(笑)。
一番大事なことが叶っていれば、ブレていなければ、それでいいと思うところは昔からありますね。
でも、もし軸が決まっていないと辛いですよね。
そういうときは、考えて模索してみる。ここじゃ見つからないなと思ったら環境を変えてみるのも全然アリだと思います。
そのときに「これが嫌だから」というよりは、「これがほしいから」という理由のほうがいいと思いますね。





これからを生きる若者やビジネスパーソンに、仕事をするうえで、そして人生を歩むうえで大切にしてほしいことについてお聞きしたいです。



戸惑ったり、失敗したりすることを怖がらないでいてほしいですね。
ずっと同じことをし続けなくてもいいけれど、試行錯誤しているうちに、だんだんその人にふさわしい道がつながっていく気がします。
それは若いころは実感しにくいと思いますが、少し年齢を重ねると、いろいろ失敗したような気はするけれど、今につながっているなと思うこともあるものです。
先のことは想像しにくいとは思うのですが、あまり不安になりすぎず、失敗しても困惑しても、そのステップが次につながると思えればいいかなと。自分も当時、そう思えていたかと言われるとわからないですが(笑)。
なかなか難しいですが、客観視して楽しめたらいいですよね。
終わりに
今回の取材を通して、私自身も“幸せ”について深く考えるきっかけをいただきました。
環境の変化が苦手な筆者ですが、寺尾さんがおっしゃるように、天璋院の如くしなやかさを持って、まずは順応してやってみようと思いました。
お忙しい中、取材をお受けくださった寺尾さんに改めて御礼申し上げます。



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