こんにちは!
アオハル体育祭2025実行委員長を務めました、ゆひのもです。
今でこそ生徒会が主導し、学園内で高い人気を誇るアオハル体育祭ですが、始まりはたった1人の生徒の「体育祭をやりたい!」だったんです。
私は1年生の時に第1回のアオハル体育祭に参加し、その後のアオハル体育祭で実行委員になりました。
今回、第1回のアオハル体育祭の委員長ずを務めた3人の先輩たちに、インタビューすることができました!
ぜひお楽しみください!
◯第1回アオハル体育祭の現地レポート記事はこちら↓

今回の登場人物
えみり
(当時のSlack名:ぽかぴえんる)
・2024年度卒業生
・通学コース

ぶっちー
・2023年度卒業生
・通学コース

ハナビ
(当時のSlack名:夏弥華姫)
・2025年度卒業生
・通学コース

インタビュースタート!

卒業されて何年になりますか?



2年になるね。
私の同期はそろそろ就活が始まるし、みんなお酒を飲めるようになっちゃったし。



そっかあすごいな、私たちもすぐそうなるのかな。



高校卒業すると自分の視点が目まぐるしく変わってくるから面白いよ



私の高校生活は、アオハル体育祭で変わったと言っても過言ではないくらい大きなイベントでした。



いやー、続くと全く思わなかったわけではないけど、続いていると、やっぱり嬉しいものがあるね。



続くと思っていなかったのですか?



もうね、当時難しいだろうという風に先生方には言われていたからね。
「100万じゃ足りない」って言われてたし。


アオハル体育祭を始めたきっかけは?



私が言い出して始めたんだけど、きっかけは単純に友達と話してて「あったらいいな」と思ったことだったかな。
当時は文化祭やワークショップ以外だとリアルで開催するイベントも少なかったし、体育祭もなかったから。
それで2023年の3月くらいに「なんでも宣伝チャンネル」(※1)で仲間探しをし始めたかな。



今は通学コースのキャンパスで体育祭をやるようになったって聞いたよ。



え、昔は通学コースの体育祭はなかったんですか!??



在籍している間は、N高グループとしての体育祭はなかったね。
入学当初から、体育祭があったら面白そうだなと思っていたよ。
なんでも宣伝チャンネルで「体育祭やりませんか」という投稿を見て「実現できるのでは」と思ってチャンネルに入ったかな。



自分も同じで、入学直後に「体育祭やりませんか」って呼びかけている投稿を見たことがきっかけだと思う。
自分が入学した時にはすでに募集が締め切られていたけど、追加募集を見かけてえみりさんにDM(ダイレクトメッセージ)したかな。



入学してすぐなのに、先輩にDMするのって勇気がいりませんか?



入学して「何かやりたい!」っていうフワッとした思いがあったから、その時はあまりよく考えずにDMしたと思う。


企画を進めていく中で大変だったことは何ですか?



何もかも大変だった気がするな。(笑)
私の役職である、参加者もろもろ班(※2)の視点で言うと、
運営の基盤が整っていなかったからこその大変さがあったかな。
運営の人数や予算、限りある中でやらないといけないことが多かったから。



当日までの不安で言うなら、参加者のグループ分けとか「当日本当に来てくれるのかな」とか思ってたかな。
あとは競技を参加者のみんなに予め覚えておいてもらえるように事前にレクチャーしたりとか。



参加者のグループ分け!!
私もやったので大変さが分かります!



第1回はコスプレがあったから、それを考えなきゃいけないのが大変だったかも。
競技ごとに、男女比と赤白の組分けとコスプレの有無、ありとあらゆる要素を色々加味して考えたな。
プロジェクトサポーターっていう応援団とかをやってくれている人がいたから、そこも考えて参加者のグループ分けをやらなきゃいけなかったかな。



そういえばコスプレもありましたね!
なんでコスプレを入れたんですか?



コスプレはね、正直いらないよ? (笑)
でも、N高グループっぽさがあるなと思ってやりたかったんだよね。





予算関連はどのようにされていたんですか?



生徒会の企画ですらなかった時に、本当に初めの方は参加費を取るとかいう話しも上がったりした記憶がある。



当時は予算100万パッと渡されて、あとは内訳とか発注とか諸々全部自分たちでして、企画者側の生徒に任せられていた部分も多かった。



予算管理とか全部ハナビに任せてたんだよね。
私が最初に大まかに計算して100万円って予算をもらったら、最終的にほぼピッタリで使いきれて感心したのは覚えてる。



通学コース生だったから、空き時間に作業したり電話をかけて発注して、アオハル体育祭漬けっていう感じの日々を送っていました。



大変だったことで言うとさ、、これはぜひえみりさんに説明して欲しいんだけど、100枚スライドがあった体育祭の企画書の話は?



あー企画書の話ね。
そもそも、私が思い立ったのが2023年の1月とか2月、何気ない日の朝4時に体育祭やりたいって思ってやろうって決心したんだよね。



朝4時!??
それで行動に移して磁石祭のプレゼンまで行ったのすごくないですか。



磁石祭でプレゼンしたのは、ただタイミングが良かったからだよ。
そのスライドは10枚前後で、その後100枚くらいある企画書を書いて、生徒会に予算をおろしてもらったんだよね。(※3)
生徒会の人に連絡をとって、「こんな企画やりたいんですけど」って直接DMしたら、「これから企画を発表できる場を作るから出演してくれないか」って言われて出ることになったんだよ。





私の大変だったことは、全部大変だった!
そもそも自分がノリで動くパッション系だから企画の段取り(進め方)とかが分からなかったんだよね。
企画書の書き方をはじめ、ぶっちーとハナビには本当に助けられたな。



職員が良いって言ったことも、生徒会が通してくれないとかで苦戦することは多かったな。
担当してくれた生徒会役員にはサポートしてもらうとか、色々な面で助けられたな。



やっぱり大変だったのは、職員さんとの連絡や返答までに時間がかかることかな。



学校旗を本校から送ってもらったんだけど、本校の位置を考えたら本当に送ってもらえたことは凄かったなって思う。
楽しかったことは何ですか?



みんなと出会えたことじゃない?
お泊まり会とかもして、いいメンバーだったなって思う。



それから、とりあえず内容はどうであれ実施できたこと!
初めに思いついてから実施までに一年くらいかかったしなあ。



やってる途中もすごく楽しかったけど、その後に交流が増えたことが楽しかった。
終わった後もご飯を食べに行ったり、通話したり遊びに行ったりといった関わりが増えた気がするな。
本番は大きなトラブルがなかったから、すごく楽しくできたなと思う。



企画できたこと自体も楽しかったな。
自分が3年生だったから、高校で積み上げてきた全てをぶち込んだらどうなるかなって思ってたので。
ある意味、自分の高校生活で培った成果だし、企画のノウハウを後輩に引き継ぐことができた場だったかなと思うよ。


アオハル体育祭に関わる前はどんなことをされていたのですか?



僕は、磁石祭2022の実行委員とか、ナレッジベース実行委員(現:デジタル委員会)とか流しそうめん同好会の会長とかやってたかな。



ぶっちーさんは学内で知名度あったよね。
アオハルでぶっちーさんと出会えたのが大きかったなって思います。



自分はフリースクールの運営とかをしてました。
それを経て「何かやりたいな」という思いがあって、えみりさんにDMしたんだよね。



私は留学とか塾の講師とかしてたかも。
あとはキャンパスで実行委員やったりとか。
印象に残っていることは何ですか?



全然運営に関係ないんですけど、
集合写真の時に(撮影者が当時の生徒会長で)生徒会長の背筋が伸びすぎていたこと!



あー、あれね! 姿勢良すぎて笑ったもん



脚立に乗ってカメラ持っている様子がすごくピンって伸びてたんですよね。





あとは、唐突に運営の子がマイクを持って、ハム太郎の歌を歌い出したことかな。
参加者のみんなとかが回って走り出して面白かった。
あれ予定してなかったもん。



いや、実は予定はしてて。
当時「さんもろ」(参加者諸々班)でハム太郎が流行ってたんだよね。
それで俺が「当日歌えば?」って言い出したら、本当にやってた。



ぶっちーさんだったんかい!
昼休みだったからさ、昼ごはんの後によく走らせるなと思った記憶がある。



あれ、今も続いてますよ。
3年連続でハム太郎をやってて、アオハル体育祭の恒例イベントです!



自分が印象に残ってるのは、えみりさんに一回怒られたことかな



怒られたというのは?



自分は誰かと一緒に企画をしたことがなかったから、独断行動をしちゃうことが多くて。
えみりさんから、「頑張りたいって気持ちは分かるけど、1人で詰め込みすぎ」と言われたんだよね。
それが一番学びになって、その後に色々企画をする時に活きてるなって思う。





運営内や参加者内でのいざこざかなあ……。
全国から集まった高校生たちだし、体育祭が初めてということもあってトラブルがあったかな。
だから、定期的に面談してみんなの話を聞いてた。



私も1on1したのでわかります、結構大変ですよね



あとは、私がリハーサルの日受験だったんだよね。(笑)
専門学校の受験に行った後に、そのままリハーサルに行ったな。



よく来たなって今でも思うよ


アオハルで成長したことやその後の変化



自分は、当時が1年生で今(3月のインタビュー時3年生)との変化の話をしますね。
第1回のアオハル体育祭で企画の基礎を学べたから、その後色んなことをやることになったなと思う。
インターンもしたしカフェを開業しようとしたりもしました。



あとは、学内で知名度を得られたかなと思います。
企画の進め方とかコミュニケーションは、アオハルが元になって成長できてるかなって思う。



僕は、3年生だったので今がN高を卒業して2年経ってるかな。
アオハルで責任ある立場になって建設的にやる方法を模索したり、フィードバックする機会が多かったりしたおかげで、物事を合理的に考えるようになったかな。



2年生だったので、私は卒業後1年かな。
アオハルの経験を得て、ステップ踏んでやること組織的にやることを覚えたかな。
元々は中身なしに「やりたいからやる!」みたいな感じだったのに、今はちゃんと考えてから行動できているからすごく成長したなって思う。


『アオハル体育祭』の名称の由来は??



名前かあ……。
深い意味があったわけじゃないんだよね。



えぬりんぴっくとかも候補にあったよね。
ロゴにするとき「イマイチだね」ってなってやめたような記憶がある。(笑)



でも、私『アオハル体育祭』っていう名前が大好きなんですよ!
だってすごく『青春したい!』っていう気持ちが伝わる気がするんです。



名前が好きって言ってくれる人が多くて嬉しいよね。



なんかさ、うちらのノリで決まったことが1番青春っぽくない?
いい意味でめっちゃ高校生してる集団だったなって思う。


終わりに
私は、2024・2025の実行委員をしていたので、第1回はやはり初期らしい大変さがあるなと感じました。
生徒が一から立案し、3回目まで続いているイベントがあることを知っていただけたら嬉しいです。
アオハル体育祭は、「N高グループらしい青春」が詰まっているなと改めて感じました。
これからも、生徒の「やりたい!」という思いを応援するようなN高グループであって欲しいと思います。
みなさんにもN高グループの生徒を暖かく応援していただけたら嬉しいです!





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