本作り、うつ病、ロックンロール…… 点滅社代表の屋良朝哉さんにいろいろ聞いてみた

取材・文・写真=佐藤おいなり(S高4期・通学コース)

この記事は2025年11月に取材したものです。

わたしはうつ病を患っている。
ひどい鬱の中にあったわたしは、この状態がどうにかならないものかと「鬱 本」とショッピングサイトで調べた。
すると、「鬱の本」というタイトルの本がヒットした。

救いを求めるような気持ちで「鬱の本」を衝動買いした。
それが、点滅社の本との出会いだった。

目次

お話をしてくれた方

屋良朝哉(やら・あさや)さん
1994年沖縄県生まれ。20代のほぼ半分をニートとして過ごす。2022年に点滅社を立ち上げ、現在に至る。

点滅社について

出版社を立ち上げるまで

ーー点滅社を立ち上げたきっかけを教えてください。

立ち上げたきっかけはいっぱいあって、インタビューのたびに違うことを言ってるんですが、全部本当なので嘘はついてないのです!

まず、就職ができなかったというのがありました。普通の仕事ができないし、28ぐらいまで四年ぐらいずっとニートだったので、面接で落とされて辿り着けないみたいな。
あと、髪を頑なに切らないので、毎回店長の人に「髪を切れ」と言われたんですが、「髪は切れないです」と言っていたら全部落ちまして、それで、自分でやるしかないみたいな感じになって。それで、起業するしかないという感じになりました。

あとは、起業するんだったら好きなことをしたいというか、やりたくないことはとにかくやりたくなかった。
この、そぞろ書房(※1)みたいな、いわゆるサブカルチャーとかカルチャーとか、本と音楽と映画ばっかり摂取して生きてきていて、それ以外何もしていないんですよね、正直。資格の勉強もしてないし、やる気もないし、もっと言うと何もしたくなかった。
だから「好きなことをする会社を作ろう」みたいな感じになって、とりあえず作っちゃったみたいな感じ。

あと、一冊目に作りたかった本が決まっていて、ニーネというバンドの歌詞集(※2)を作ったんですけど、それをとにかく作りたくて、作りたいという気持ちが先行してあったので、最初の時点で「それ作ったら潰れていいや」みたいな感じでしたね。そのためだけに点滅社を作った、みたいなところも強くて。

カルチャーが好きなのと、就職できなかったというか、社会に適合するのに失敗したというのと、作りたい本が明確にあったので出版社にしようと、そのまま今に至るといった感じですね。

で、出版社にしたのはたまたまというか、他にも、音楽のレーベルとか色々候補があったんですが、やり方がググってもよくわからない。立ち上げるための道が、歩き方すらわからないという感じだったんですけど、出版社の作り方の本は本好きの人が本を作ってるから結構あるんですよね。そういうのを十冊ぐらい買ったり借りたりして、そうしたらなんとなく「こうすればできるな」みたいなのが分かったので、本、映画、音楽、のどれかで一番イメージしやすかったのが本だった、といった感じですね。

でも、あんまり深く考えてなくて、ノリですね。

(※1 この記事の取材はそぞろ書房で行われました。)

※2 大塚久生 著「ニーネ詩集 自分のことができたら」のこと。

ーー色々理由があるのを初めて知りました。

自分でもよく分かってないというか。僕は七年ぐらいひどいうつ病なんですけど、あの頃は一番追い詰められていたというか、症状が人生で二番目ぐらいに酷かった時期で。ぶっちゃけ「死にたい」といった感じだったので、真面目に死のうとしてたんです。
けど、死ぬ前にどうせなら爆発霧散して死のうみたいな感じで、ヤケクソと言うか、すごく切実でしたね。本当に必死みたいな。それで作った、みたいな感じですね。

本作りの原動力

ーー出版や本作りを続ける上での原動力を教えてください。

そうですよね、うつ病なのに、社長は普通はできないんですよね。仕事どころじゃないですよね。天井眺めて一年過ぎるとか普通なので。

原動力は色々あるんですけど、カッコいいのから順番にいうと、まず、THE BLUE HEARTSが好きなんですよね。「人にやさしく」が好きで、これをやりたいという感情が強くて。やさしくなりたいから、書籍の制作という自分なりのやり方でやろうと。
ロックンロールというのは、ロックバンドっていう形式じゃなくてもできると信じているんです。精神性の問題だから。楽器の問題じゃなくて。だから、ロックンロールがやりたくて、で、ロックンロールのことをこの世で一番優しい文化や概念だと思っているので、それが結構原動力ですね。

僕はたるんでる時がほとんどで、昨日もほとんど寝てたんですけど、「ロックンロールやるの!」みたいな気持ちでやってるっていうのは、一番かっこいい理由で、あとはもうロクでもなくですね。

精神的には「ロックンロールがやりたい」というもので、体力、気力の面は抗うつ剤とか含めて、そういうもので無理矢理カバーしているという感じなので、結構なんか、破滅的というか……。本当に、あんまり参考にしないでほしいですね。

本作りについて

ーー出版のお仕事では普段どういうお仕事をされていますか。

出版というか、僕は一応社長的な感じなので、経営と編集を主にやっている感じですね。

編集は、誰にも聞かずに起業しちゃったので、普通のやり方が全然よく分かってなくて、いまだに他の人たちがどうやって作ってるのか知らないんです。
とりあえずイメージはあって、「こういうものがいいなあ」と。それで、著者の方とデザイナーの方を探して、ご連絡して、みんなの力を借りまくって作っている、という形ですね。
いわゆる未経験で、素人で、コネもない、金もない、素養もない、という感じなので、すごく辛い目に遭うんですけど、でも、プロの編集者の方が作らない本が結果的に増えるので、これはこれでいいのかな、みたいな感じ。
やり方は、割と普通のやり方をやっている感じがしますね。ひたすら報連相をやる、とかなんですけど。デザイナーさんから連絡が来たから、著者の方へ相談して、返答が来たらデザイナーさんに相談して、みたいな。

ひたすら、地味な裏方をやり、あとは、経営をやらなきゃいけないので、頑張っているのですけど、全然売れないと。全然ダメだと。
経営がめちゃくちゃ下手で、最近も、全部売れてもマイナス70万円みたいな、地獄みたいな本を作ってしまいました。なんでこんなことになったんだと(思います)。泣いちゃったんですけど。70万とか僕にはすごく大金なので。僕は何をやっているのだろうと。全然ダメですね〜。

ーー出版のお仕事でこれが一番大変だ、というものはありますか。

大変なのは、個人的には営業ですね。書店営業とか。とにかく、売るのが本当に超大変で、一冊本を買ってもらうのはすごく大変なことなんですよね。それに本屋さんに本を置いてもらうことがかなりむずかしいんですよね。
特にうちみたいな会社は、正直「売れる売れない」をほぼ無視して作るので。売れるための努力は最大限するんですけど、二番目というか、あんまり考えてないです。
あと、僕が本当に外に出ないので、書店さんと協力して何かやるとかも下手で。営業とかはもう一番大変ですね。経理とかも大変なんですけど。

ーー本を作るときに大切にしていることやこだわりを教えてください。

「ラブアンドピース」みたいな感じですね。僕はヒッピーカルチャーがすごく好きで、その洗礼を受けたというか。とにかくラブアンドピースの精神がすごく好きなので、なるべく、誠実にやるというか。
あとはもう、繰り返しになるんですけど「人にやさしく」ですね。それはもう、著者とか、書籍の編集に関わってくる人もそうだし、読者の方にもそうでありたいなあという気持ちです。
あとは、破壊力がある本を作りたいですね。破壊力というのは、読んだら人生が一変するみたいな、いい方か悪い方かは関係なく、とにかく劇薬みたいな破壊的な本を作りたい、というのはありますね。最近になってそれを考え始めたんですけど。
愛情と破壊、みたいな感じですかね。

屋良朝哉さんご自身について

屋良さんの好きなこと

ーー屋良さんはどのような学生生活を送られていましたか? また、当時影響を受けたものも教えてください。

学生時代は一言で言うと本当に「ナード(※3)」でしたね。ナードのオタクで、クラスの隅っこみたいな存在でした。典型的なクラスの隅っこの人でしたね。根暗のオタク、みたいな。
当時は吃音もひどくて、とにかく会話が難しいという感じでした。
コミュニケーションは、接客などのバイトをしていたおかげでこのぐらいは喋れるように、本当に30でやっとなったんですけど、ずっと会話ができない感じで、日陰者でしたね。今もそれは変わってなくて、学校生活と社会生活は似ているので、ハタチ過ぎても陰のものというか、ずっと冴えない感じで、特にいい思い出とかはないですね。もう二度と、中学高校には行きたくない、行くぐらいだったらもう死ぬ、ぐらいの感じですね。

(※3 「ナード」とは、内向的で社交性は低いが、特定の分野に極めて高い知識を持つ、オタク的な人を指す言葉。)

趣味は全く今と変わってなくて、ゲームしなくなったぐらいで。あとは、もうここのそぞろ書房にあるような本を10代の頃からずっと読んでいて、今も変わっていないというか、自分の部屋も子供部屋みたいな感じです。本と映画と音楽があったら、とりあえず一人で五十年ぐらいは余裕で遊べる感じですね。そればっかりですね。
漫画のキャラクターとかが心の友達でした。映画の主人公とか、ロックンロールスターとか、そういう人が心の中にいつもいて、一人の時はずっと脳内で漫画のキャラとかと会話したりしてました。今も変わってないですね。

ーー先ほどお話しされていた「ロックンロールスター」などは具体的にはどういう人がいますか?

僕の世代は、特に「神聖かまってちゃん」というバンドがおりまして、ちょうど2009年とかに表に出てきたんですけど、それがドストライクの世代でした。一番聞いたというか、特別枠みたいなのは、神聖かまってちゃんです。
あとは80年代の日本のロックバンドが多いですね。有名なので言うと、さっき言ったTHE BLUE HEARTSで、あとはマイナーになるんですけど、The ピーズとか、筋肉少女帯とか、大槻ケンヂさんがやっているバンドとか。この三つが神様みたいな感じで、神聖かまってちゃんは特別枠みたいな。この四つがありましたね。
あとは2000年前後なんですけど、ゆらゆら帝国とか、フィッシュマンズとか。あと村八分……は80年代か。あと、はっぴいえんどとか。
僕は日本のロックが好きですね。

ーー個人的に伺いたいのですが、神聖かまってちゃんで特に好きな曲はありますか?

すごく迷うんですけど、最近固定化したのは、デモバージョンに限るので、すごくめんどくさいオタクで申し訳ないんですけど。歌詞だと「夕暮れメモライザ」で、サウンドだと「黒いたまご」ですね。
初期のものが思い入れがあって好きですね。

ーーたくさん音楽のことをお伺いできて嬉しいです。特に神聖かまってちゃんとか。

本当ですか! 嬉しいですね、僕の世代、30歳前後ぐらいの人が聞いているのはまあ普通なんですけど、10代の人がいらっしゃるのは、なんだかすごいな、と思いますね。
なんというか、いまだに10代のフォロワーが生まれているのがすごいですよね。

神聖かまってちゃんは正直、今までで一番影響を受けている気がしますね。もしかしたら、大袈裟なんですけど、両親より強い影響を受けたかもしれませんね。
僕は根っこにバンドがありますね、ロックバンドが。

ーー本や漫画についてもお伺いしたいです。どのような本を読まれていましたか?

10代の頃読んでいたのは、活字だと、文学ですかね。日本文学が好きで、夏目漱石、太宰治は結構ちゃんと読んだというか、熱心に読んでいました。
池澤夏樹さんとか、町田康さんとか、筒井康隆さんとかかな、パッと出てくるのは。それは高校ぐらいの頃でした。
中学の頃は、星新一と、さくらももこと、江戸川乱歩とか、スタンダードなサブカルみたいな感じでしたね。
あと、原民喜の「夏の花」という小説が好きでしたね、あの頃は。これは僕の人生と密接な関係があるわけじゃなくて、戦争文学なんですけど、戦争の緻密な描写を描いているっていう結構ハードな小説なんです。だけど、なんか知らないけどめちゃくちゃ感動して、ずっと大事な小説ですね。

あと、漫画を延々と読んでいて、ジャンプを読んでいました。ジャンプはずっと読み続けていて、他にも青林工藝社というところから出ている漫画雑誌で、アックスの前に出ていた「ガロ」という雑誌があって……。ジャンプがエンターテイメントだとしたらガロはアートっていう感じ。漫画オタクしか知らないみたいな感じで、そういう意味でジャンプと正反対なんです。ジャンプ好きな人はガロ読まないし、ガロ好きな人はジャンプ読まないんですけど、なぜか僕は両方とも好きでした。普通にワンピースとかも読むし、つげ義春とか、水木しげるとかも読んでて、漫画だったらとにかく読もうという感じでしたね。
それで、漫画雑誌に憧れがあったので、自分でも作ってみたりしていますね。「ザジ」(※4)っていう、年2回刊行なのでやっと3号が今年作れたんですけど、これは「ガロ」への憧れから作った、という感じですね。ガロよりエンターテインメントを多めに入れているので、ガロの劣化コピーにならないように毎回頑張っているんですけど、やはり難しいですね。

※4 漫画選集『ザジ』のこと。

あと、漫画雑誌は始めるまでが本当にだるくて。始めるのが本当に辛い。とにかく、毎回トラブルになってしまうんですよ。真面目にやってるのに。
だから、なかなか大変ですね。

こういう色々なカルチャーを摂取して育ったので、ここの本棚(そぞろ書房の中でサブカル形の本を指差しながら)はそういう本が多いですね。水木しげるとか、「カムイ伝」とか、大橋裕之さんとか、ガロ系ではないんですが、サブカルチャーみたいな感じで読んだりするんですけど、ガロ系の漫画は全然わからなかったりするんですよ。意味がわからないけどとにかく読む、みたいな。気合いで読む、みたいな感じでしたね。

少女漫画も読んでましたね。さくらももこから入って、萩尾望都さんとか、大島弓子さんとか、古典的な少女漫画を読んでましたね。

いろいろ言ったんですけど、要するに、ブックオフで100円のやつで名前とか表紙が良さそうなら買う、という感じでしたね。

取材はそぞろ書房の店内で行われた。屋良さんは写真の棚を指差しながらお話しされていた。

ーーいろいろ読まれていてすごい……。

他にやることがないので、古本屋行って漫画買ってた記憶ばっかですね。結果、こういう大人になったと言わざるを得ないというか。他に趣味がないので。
でも10代の自分が今の姿を見たら喜んでくれそうだからよかった、と。めちゃくちゃ鬱屈してたので、あの鬱屈の日々が仕事に活かせて嬉しいですね。

ーー屋良さんは「好きなことを仕事にすること」についてどう思われていますか。

結構難しいですよね。好きなこととか趣味を仕事にすると、あっという間に昔みたいに楽しめなくなるというのが一番の問題として出てきちゃって、僕も点滅社の3年半で「漫画読むのつれぇー」みたいになったことは何回もあるんですけど、気合いとか、ガッツがちゃんとあれば好きなことをした方がいいんじゃないのかなと思いますね。
ただ、本当に覚悟がいるというか。まず、好きなことを仕事にしても儲からないんですよね、基本的には。多分、何であっても。元々、株が大好きな人とかだったら違うのかもしれないけど。
少なくとも、出版社は儲からない方が当たり前。儲かってる方は全然聞いたことがないので。
「最悪食えなくても野垂れ死んでも、いいや」みたいなガッツがあれば、好きなことをした方がいいと思ってますね。

ガッツはどうすれば手に入るんだという話なんですけど、ひたすら痛い目に遭いまくると、イライラしてくるんですよね。あんまりにもボコボコにされまくると。言葉が悪いんですけど「ぶっ殺すぞ」みたいな気持ちになるんですよね。そうすると、好きなことだけやって死んでやる、みたいな気持ちになるというか。
僕は正直、点滅社が潰れて借金を抱えて野垂れ死にみたいになってもいいや、と思っています。「いい人生だった」と。やることたくさんできたから。
「野垂れ死にでいいや」となったら、好きなことを貫けるかもですね。

すごく難しいというか、こんなことを他の人にアドバイスというか、アドバイスでもないし、めちゃくちゃなことを言ってるなとは思うんですけど、社会で(自分が)全く通用しないと、好きなことをせざるを得ないみたいになってきますね。選択肢がないからこれで最後、みたいな。「この本が最後かも」みたいな感じで生きているので、そうすると勝手に好きなことが仕事になりますよね。

でもしんどいですね。好きなこと1つのために好きじゃないことを99個ぐらいやらなきゃいけなくて、99個やってようやく好きなことをやれるという感じなので、やっぱり大変ですよね、生きるの。
僕はもう後悔がなくて「3年もやらせてくれてありがとう」みたいな気持ちなので、いつ死んでもいいみたいな感じなんですけど、相手はそうではないだろうというのはわかっているつもりなので、人には誰にも言えないですね。
別に好きなことを仕事にしなくてもいいはずだし、好きなことは趣味としておくのが一番楽しいと思うので、他のことを仕事にして生きていけるなら、好きなことを仕事にしなくてもいいと思いますね。

屋良さんの病気のこと

ーー今はどのようなご病気を抱えていらっしゃいますか。

今はうつ病と薬物依存症です。
9月末に入院したら、うつ病は結構軽減したんですけど、今年の6月とかは本当にやばくて、トイレに辿り着けないみたいな。メールの一件も送れないから全部シカトになるんですよね。人生壊滅みたいな感じでした。だけど、入院して、ご飯と散歩を頑張って、あと薬の調整を頑張ったらちょっと良くなって。前は重症で、先生に「早く入院しないと死にますよ」みたいなことを言われていたんですけど、今は仕事を3時間ぐらいできる状態ですね。

依存症は全然治ってなくて、たくさん飲まないと生きていけないって感じですね。冗談じゃなく。すごい辛いんですよね、依存症って。
僕の場合は薬物療法で治せないので、最近は自助グループに行こうとしたりとか、専門外来の薬物以外の治療法を勉強しています。断薬は無理な気がするので、せめて飲む量を減らせるといいなあ、という感じですね。

今年、本当にミスったら死んでた感じなので、ご飯を買いに行けないし、友達とかにお願いしてご飯を買ってきてもらったりして、四つん這いでずっと生きていたので、だいぶやばかったですね。そういうこともあって、今は「生きていればいいや」みたいな気持ちになってます。

ーー点滅社のnoteで、本をよく読まれているのを拝見します。うつの中でどういうふうに本を読み進めていますか。

僕は驚くほど読んでない方で、さも「読んでます」みたいな感じを醸し出してるだけなんですよ。

最近は読み方を変えています。
今までは1ページ目から順番に読んでいたんですけど、最近は「はじめに」を読んで「あとがき」を読んで「目次」を読んでピンときたところだけを読んで、みたいな読み方しかできなくなっていますね。よっぽど面白かったら、元気な時、調子がいい時に1ページ目から順番に読むけど、ほとんどの場合は「全部読まなくて良い」と、諦めました。通読とか精読とか、そういうのをやめたんです。
でも、「はじめに」と「あとがき」と「目次」の大事そうなところを読むだけでも、作者の方が言いたいことが、全部はわからないんですけど2割ぐらいはわかるので、それであとはもうできないからそれでいいや、となってます。
「はじめに」「あとがき」だけでも、僕の中では「読んだ」に入るので、読書家の人からは怒られるかもしれないんですけど、「読めないから仕方ないのである」みたいな感じですね。

本当にやばい時は、本を触らないですね。読めないのにその場に置いてあると辛いじゃないですか。やるせないというか。そんなに無理して読まない、読めてもちゃんと精読しない、自分で自分を許すと。半端な食べかけでもいいや、と思ってます。
あと、小説は短編集しか読んでないですね、最近は。それは残念ですね、どっちかと言うと小説の方が好きなので。寛解するまでは耐え凌ぐしかないですよね、諦めるという感じですね。

ーー「うつ症状があると長編が読めなくなる」に共感しました。

本当ですよね。辛いですよね。読みたいんですもんね。ひどいですよね、うつ病は。
逆に本を読んだ方がよくなると思うんですけど、読みたくても読めないんですよね。なんかもう「あぁ……。」みたいな感じですね。

映画も見ないし、でも音楽だけは聞けますね。音楽は言葉がある音楽はあまり聞けなくて、いわゆるインストゥルメンタル、アンビエント、ピアノだけ、とかを聞いて一日が終わるのを待つという感じですね。

「鬱の本」とかも、その経験をしてきたから、「読めなくても、あるだけでいい本」があるといいなという発想で作りましたね。

そぞろ書房の店内の様子。

「鬱の本」について

ーー私は「鬱の本」(※5)から点滅社の存在を知りました。帯にあった「読めないときに」という言葉に惹かれました。

「鬱の本」は鬱の時に読めると思ってなくて。「鬱の本」も鬱の時に読めないんですよ、1000文字も。
帯に「読めないときに」ってあるので、存在が大事な本というようなものですかね。内容は最大限読めるように工夫をしたんですけど、それでも鬱の時は読めないはずなので、読めなくても本があるだけで助かるというか、要するにお守りみたいな本を目指して作りましたね。
だから、全部読まなくていい。本棚に置いててくれるならありがたいという感じですね。だからこそ、装丁とかを頑張りましたね。あったかい感じと、不気味な感じを組み合わせるという。で、寝る前とかにぼんやり表紙を眺めてくれれば作った側としては十分という感じですね。

ーー「鬱の本」の制作の中で印象に残ってることを教えてください。

印象に残ってるのはいっぱい……。ああ、谷川俊太郎さんがOKしてくださったことですね。直接電話までしてくださって、「企画の意味がわからないんだけど、どういうこと?」という質問でした。あれが、すごくびっくりして。僕は谷川俊太郎さんと直接話せると思ってなかったのですごく上がっちゃって。「あ、すみませんでした……」という感じで3分ぐらいずっと謝り続けるという感じ。あれは結構思い出に残ってますね。

あと、ひたすらラブレターみたいなのを送りまくったんですよ。「なぜ書いてほしいかというと、私はあなたのこういう作品がすごく好きで、救われてて、だからあなたの文章が読みたいです。」という好きアピールみたいなのをしまくって、ようやく84人集まったんですけど。その作業が、楽しいけど大変だけど楽しかったですね。

※5 「鬱の本」は、一編が1000文字程度、テーマが「鬱」のエッセイ集。

取材の最後に

ーーN高グループ生に伝えたいことを教えてください。

僕は若い人へのアドバイスというのが苦手で、何も言いたくないというのが基本的にまずあるんですけど、あるとしたらとりあえず、「俺のことはマジで参考にしないでくれ」っていうのがあります。危険だから。
起業したい人はすればいいと思うんですけど、ちょっと憧れてる、とかで起業すると結構痛い目に遭うので、覚悟がいるので、気をつけた方がいいかもというのと、僕は全然だめなので反面教師にしてほしいというのと、勝手に生きて勝手に死のう、みたいなことは思ってますね。
僕から言えることはないので、「お互い勝手に生きよう! で、勝手に死のう!」というのはいつも思ってますね。邪魔しないようにするので。

勝手に生きるのが一番楽しいと思いますね。
「こうしなきゃ」とかは呪いというか、社会がなんとなくそう言ってるだけで、認知がバグってるだけなので、勝手にしまくっていればなんとかなるかもですね、という感じです。

ーー最後に、点滅社としての展望と、屋良さん個人での展望を教えてください。

点滅社としてはここ5年ぐらいが勝負どころだと思っていて、今は30冊出したいんです。
最初は1冊でよかったんですけど、欲張りで。30冊ぐらい出したら何も心残りがないというか、「はい、成仏します」という感じですね。点滅社としては、とにかくなるべく真面目に働こうみたいな感じですね。あと、お金が欲しいですね。

僕個人では、病気を寛解したいので、うつ病が治りますように、と毎日お祈りをしています。うつ病さえ治ってくれれば、会社も多分なんとかなるので、今年(2025年)はリハビリでのんびり動いて、来年(2026年)からはいろんな療法とかを試して、「頑張って、卒業するぞ!」という感じです。健康になりたいです。

おわりに

屋良さんはものすごく腰の低い方で、私が質問を拙く読んでしまった時も、目を見て、頷きながら聞いてくれた。

私は取材後に「『鬱の本』を出版してくださってありがとうございます。」と屋良さんに伝えた。鬱っぽい時、本が読めなくて困っている時、「鬱の本」の装丁を眺めるだけで、生き延びることができた。私にとって「鬱の本」はバイブルだ。

点滅社の本がもっと広まって、私のように救われる人が一人でも増えますように。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次