「教育は、子どもたちにとって絶対にプラスになるもの。その可能性を、信じています」
そう穏やかに語るのは、教育YouTuber葉一先生。
変化の多い時代の中で、子どもたちとどのように向き合ってこられたのでしょうか。
活動の背景や大切にしていること、そして教育への想いを伺いました。

葉一(はいち)先生
教育YouTuber。
塾講師時代に「経済的な事情によって塾に通うことができない生徒が思っていた以上に多い」という事実を知り、子どもからお金をもらうことなくできるYouTuberという形で動画を撮り始める。
以降、算数や数学(中学生は主要5科目)を基本とした授業動画から、子どもたちのメンタルサポートのための動画まで、多数の動画を撮ってきた。
今では、チャンネル登録者数221万人と、多くの人が知る教育者の一人となっている。
とある男が授業をしてみた – YouTube
教育と出会って
これまで様々な場でお話をされているかと思いますが、改めてなぜ教育の道に進まれたのかお聞きしたいです。
高校生のときに出会った恩師がきっかけで、教育の道に進むことを決めました。
「教育」というと「学校の先生」のイメージが強いので、「先生」が好きな学生時代だったと思われるかもしれませんが、その恩師に出会うまでは「先生そのもの」が大嫌いでした。
中学生のときに、とある先生から嫌なことをされていたんです。お一方だけだったのですが、自分の中でその影響は大きく、「先生」という存在そのものを憎んでしまうようになりました。
そのまま高校に入学したので、初めは先生たちを疑った目でしか見ていなかったと思います。
でも、気付いたらその恩師には、全幅の信頼を置いていました。
自分でも、自分が戸惑うくらいに変化したのがわかったんです。
初めはあんなに斜に構えていたのに、今はこんなにも信頼している。
たった一人の先生の存在で、自分をここまで変えてもらえたのは、純粋にすごいなと感じました。
将来どうしようか迷っていたとき、恩師に「教師はどう?」と聞かれ、「良いかもな」と思ったんですよね。
元々子どもが好きで、人にものを教えるのは大好きだったんですよ。
しかも、目の前には憧れのロールモデルがいたものですから。
教育の道を目指そう、大学に行こう、というふうに切り替えましたね。
専門学校を志望されていたところから、急な大学への進路変更に、不安や迷いはなかったのでしょうか?
意外とありませんでした。
高1のときは将来、音楽関係の仕事がしたいと思っていたんです。
オーディションを受けていたこともありましたが、ことごとく落ちて……。厳しい世界だなということを思い知らされました。
ただ、音楽が好きなことに変わりはないので、自分が舞台に立つことができないのであれば、支える側に回ろうと思って、音響さんとか、照明さんとか、そういう形で関われたらいいかなと思っていました。
でも、それは情熱のある夢ではありませんでした。
消去法だったんです。自分に残った選択肢がそれだけだった、というだけで。
そんな軽い感じで将来を決めてしまっていいのか悩んでいたときに、恩師から「教育」という選択肢を与えられたんです。
それまで霞んでいた将来が、晴れ渡ったような感じがしました。
だから、怖さや迷いよりも、喜びや嬉しさの方が強かったです。
大学生のときには、ご自身の苦手を克服するために居酒屋でアルバイトをされていたそうですね。こうした挑戦を続ける原動力は、もともとの性格から来ているのでしょうか?
そうですね。昔から、割と頑固なんです。
だから、自分が決めたことに関しては、ちゃんとやり切るタイプだったと思います。
でも、自分に自信がなかったんですよね。それこそ、大学生くらいまで。
何かを成し遂げた経験も少なく、大学受験には通ったものの、自己肯定感が高まるほどではありませんでした。
だからこそ、「自分がどうありたいか」ということを意識するようになったんだと思います。
大学で学ぶうちに、「教師になりたい」というよりも、「教育に携わって、子どもたちにとってプラスになる存在でありたい」という思いがどんどん強くなっていきました。
それを叶えるためにどうしたらいいか、というところで、自分はまず、苦手だった「人前で喋ること」を克服しようと思ったんです。
教師になろうがなるまいが、人前で自信を持って話せることは大切ですよね。
「じゃあ、直さなきゃ」と思って選んだ選択肢が、自分の場合、たまたま居酒屋でのアルバイトだった、ってだけなんです。
私は将来なりたい自分の理想像が比較的明確だったので、そこに足りないパーツをどうやって得ていこうか、という感じで考えていたと思います。
将来の理想像を見つけるのは正直難しいなと感じるのですが、何か心がけられていたことはありましたか?
私は最初、恩師のようになりたかったんです。
だから、恩師になるために、自分に何が足りないのかを考えていました。
人前で喋れないし、指導力もまだまだ足りない。あと、恩師は板書がすごく上手だったけれど、自分はそんな綺麗には書けない。
こういったことを具体的に挙げていって、足りないパーツを一つずつ補っていくんです。
そうしていくと、見える景色が変わってくるんですよね。
「恩師になりたかった」ところから、だんだん「自分は恩師よりももっとこういう人間になりたいんだ」みたいなのが、見えてくるんです。
その度に「今度はこれが足りないのか」みたいな感じで、今日までずっと、追い続けてきました。
だから、なりたいゴールは変わり続けているんです。でも、私は「人生、それでいいかな」と思っているので。
ちょっと難しいこと言っちゃったんですけど(笑)、そんな感じで生きてきました。
「かつては板書に苦戦していた」とおっしゃっていますが、それを感じさせない丁寧な板書が、画面いっぱいに広がっています。
「より多くの子どもを救いたい」から始まったYouTube活動
今のようにYouTuberとして活動される前は、塾講師として働かれていたそうですね。そのときに実感された経済的な事情による教育格差について、実際どのように感じられたのか詳しくお聞きしたいです。
自分が働いていたのは個別指導塾だったので、月謝がやや高かったんです。
例えば、子どもが「友達と一緒に入りたい」みたいな感じだったとしても、そのご家庭の所得状況によっては、「集団塾しかダメよ」だったり、「塾に行かせる余裕なんてないわよ」だったり、っていうことになるんですよね。
勉強って基本、やりたくないじゃないですか。
でも、「ちょっと頑張りたいな」って思ったときに、塾に来るんですよね。
そうやって「やりたくないけど、頑張ろう」って思った瞬間の気持ちが、経済的な事情のせいで切れてしまうのはすごくもったいないし、悲しいことだなと思ったんです。
だから、YouTubeみたいに、子どもたちが自分の意思だけで、お金をかけずにアクセスできるものがあれば、そうやって諦めざるを得ない子どもたちが少し減っていくんじゃないかなというところから、今の活動につながっている感じです。
教育機会を広げるためであれば、授業動画だけでも救われる人はたくさんいると思いますが、葉一先生は他にもVoicy(※1)やだらだラジオ(※2)など、さまざまな活動をされていますよね。そういう風に授業動画だけにせず、いろいろ始められたのはなぜだったんでしょうか?
※1 Voicyは、厳選されたコンテンツを“ながら聴き”できる音声の総合プラットフォーム。葉一先生は自身のチャンネルで、寄せられる質問や相談にお答えしている。
葉一/haichi「とある男が相談に答えてみた」/ Voicy – 音声プラットフォーム
※2 だらだラジオは、葉一先生がYouTubeチャンネルで公開されているラジオ形式の動画シリーズ。さまざまなテーマについて、落ち着いた雰囲気で語られている。
最初は、確かに授業動画しかやっていませんでした。
ただ、私の授業動画では、あえて自分の顔が映らないようにしていたんです。
授業の主役は、あくまで「見ている子どもたち」、そして「板書」だと思っているので、自分がその前に立って邪魔になってしまう瞬間を、できる限り減らしたかったんですよね。
でも、それだと「葉一」という人間がどういう人なのか、わからないじゃないですか。
その部分をきちんと伝えた方が「この人だから教わりたい」という想いが芽生えて、より多くのものが届くのではないか、というところが最初のスタートでした。
いざ自分の話をしてみると、たくさんの相談が寄せられるようになったんです。
最初は、それが本当に驚きでした。
ネットを介している以上、信頼関係を築くのは難しいだろう。そう思っていた自分の考えが、ひっくり返されたようでした。
今の子たちってデジタルネイティブ世代なので、意外とそこに壁を感じることはなかったんですよね。
だから、実際には会ったことのない人間でも信頼してくれて、身近な人にも相談できないようなことまで打ち明けてくれる、みたいな。
そういう子どもたちの姿を見て、「この活動って、メンタルケアもできるんだな」ということを、子どもたちの方から教えてもらったんです。
そこから、活動の幅を広げていきましたね。
そうだったんですね。
葉一先生の活動の中で印象的なものとして、歌ってみた動画(※)も挙げられるかなと思います。その動画を始められたきっかけは何だったんでしょうか?
※歌ってみた動画は、葉一先生が2018年から毎年3月に挙げられている、ただ歌を歌う動画。
当時のファンから、「やらないんですか?」って言われたんですよね。
もともと「歌ってみた」で他の方が歌われているのを聴くのは好きだったし、昔、音楽関係の仕事がしたかったというのもあって、1本試しにやってみたんです。
そしたら、思った以上に喜んでくれる子が多くて。
だったら、1年に1回、卒業の時期に合わせて挙げるのだったらいいのかなって感じで続けています。
人って、当然いろいろな面があるじゃないですか。
でも、自分みたいに授業動画を撮っていたり、動画でなくても、学校の先生みたいに勉強を教えていたりすると、「いい人」という一面だけが出やすいんですよね。
そうなると、自分の他の面が伝わらなくて、飽きられやすくなってしまうと思うんです。
だから、歌ってみたり、バスケしてみたり。勉強に限らずいろいろなことをして、自分の違う一面が伝わればいいな、という思いもあって続けています。
4年前には作詞もされていましたね。それは何がきっかけだったんですか?
あのときはちょうどコロナで、悩み相談がすごく多かった時期なんです。
「なんで私たちの楽しいイベントは消されて、辛いイベントだけ残すんですかね」って言っている子がすごく多くて。修学旅行がなくなって、運動会もなくなって、でも受験はしなきゃいけなくて、みたいな。
この子たちのために、何かしたいなと思ったんですよね。
「いつか歌を作ってみたい」っていうのは、以前から思っていたんです。
「じゃあ、この機会にやってみよう」ということでプロジェクトを立ち上げ、1年間かけて作りました。
嘘をつかない。その先にある「ちょうどいい距離」
今、活動の中で大切にされていることがありましたら、ぜひお聞きしたいです。
質問されて真っ先に浮かんだのは、「嘘をつかない」ことです。
絶対に思ったことしか喋らないっていうのは、もうずっと一貫しているんですよね。
YouTubeでの子どもたちを励ますような形の動画も、本当に思ったことしか言わない。そこは、大切にしています。
素敵ですね。
葉一先生は相手に寄り添う姿勢が印象的だなと感じています。画面越しで寄り添うのは簡単なことではないと思うのですが、具体的にどのようなことを意識されていますか?
実は、私の中ではあまり「寄り添おう」って意識しているわけではないんです。
自分が学生のとき、「君のために何かしてあげるからね」みたいにグイグイ来られるのが、苦手だったんですよね。
だから、「俺は毎週月曜日にYouTubeのこのチャンネルで喋っているから、来たくなったらおいで」っていうスタンスを心がけています。
イメージとしては、保健室の先生ですね。いつもここにいるし、何かあったら話は聞くよっていう。
そこの距離感は、大切にしています。
変われる力は、みんな持っている
葉一先生は過去にいじめを経験されたとのことですが、そのような経験による心の傷は、乗り越えられるものなのでしょうか?
乗り越えるかー……。
私の感覚にはなるのですが、「乗り越える必要はないんじゃないか」って思ってるんですよね。
過去の痛みや傷を乗り越えるっていうのが、自分の中でしっくりきていないんです。
私は、「解釈を変える」っていう方が好きなんですよね。講演会でも「過去の事実は変わらないんだけど、その意味を変えることはできるよね」っていうのは、よく言っています。
今でも、あのとき向けられていたすごく嫌な視線はリアルに覚えているし、それを思い出して心がぎゅっと締め付けられることもあります。
でも俺は、あの期間があったからこそ、本当の意味で人に優しくなれるようになったんだと思っているんです。
もちろん、もう一回人生をやり直すってなったときには、いじめは受けたくないし、今の道を通りたいとは思わないです。
でも、通っちゃったんで。だったら、「自分をプラスにできた期間だったんだな」と思うようにしていますね。
もしかしたら、人によってはそれが「乗り越えてる」っていう解釈になるかもしれないんですけど、自分は「乗り越えてる」っていうよりも「過去の意味を自分でポジティブに変えてる」っていうニュアンスが好きなので、そう思うようにしています。
辛い過去をポジティブに捉えるのは難しいなと感じるのですが、やはり時間はかかりましたか?
そうですね。
物によっては年単位だと思います。
自分がいじめを受けていたのは、中2、中3の頃だったんですけど、「この道でも悪くなかったかもな」と思えるようになったのはYouTubeを始めた後だったので、10年ぐらいかかっていますね。
でも、「10年かかるよ」っていうところが大事なのではなくて、もしかしたら、人によってはそれが3か月かもしれないし、半年かもしれない。
かかる時間はどのくらいかわからないんですけど、いつか自分の中で捉え方が変わっていく可能性っていうのは、全員が持っていると思うんです。
うちのユーザーの子たちは、何かしら傷ついている子が他と比べると多いんですよね。
だから、より「変われる力はみんな持っているんだよ」っていうことを伝えられたらなという思いで、活動していますね。
これから教育はどう変わっていくべきか
長年教育の場に携わられている葉一先生から見て、今の教育は以前と比べて何か変わったと感じる点はありますか?
その以前がちょっと前すぎる……、私が学生だった頃と比べて、にはなってしまうのですが、学校の先生の社会的地位が変わってしまったのは大きいかなと思います。
今、先生と保護者のパワーバランスを比較して見たときに、圧倒的に保護者の方が強いんですよ。
昔は「先生が言うんだから我慢しなさい」みたいに言われることもあったんですけど、今は先生が保護者の顔色をうかがわなきゃいけない現場になってしまっている。
どっちもおかしいんですよね。パワーバランスがどっちかに偏ってしまっている。
保護者も、先生も、「子どもたちのために」っていう方向性は一緒じゃないですか。
だったら、もっと一緒に手を取り合って「子どもたちのためにやっていきましょうね」っていう程よいバランスが取れるようになったらいいなと思います。
逆に、昔の教育と今の教育を比べて、昔から変わっていないなと感じる課題はありますか?
変わってない課題か……。
教育現場が変わりにくいことが課題ですかね。
最近でいうと、GIGAスクール構想(※)を実現していこうということで、ICT機器が導入されたりしましたけど、じゃあうまく使えているのかっていうと、日本はまだまだ遅れているなと感じるんです。
※GIGAスクール構想は、1人1台端末や高速大容量の通信ネットワーク等の学校ICT環境を整備・活用することによって、教育の質を向上させ、全ての子供たちの可能性を引き出す「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現することを目的とした取り組み。
日本って、何か新しいことをやろうとしたときにストッパーがかかりやすいんですよね。
「まずチャレンジしてみようぜ」というスタンスがあまりないので。
例えば、「自分は、こう変えていきたいんだ」っていう意志を持った若手の先生がいたとしても、先輩の先生から「学年で統一できないからやめて」みたいなことを言われてしまうんです。
初めの頃に持ってた意志が潰されちゃうわけですよね。すごくもったいないなと感じます。
もう少し新しいことを始めやすくなったらいいなと思いますね。
今の教育課題として、不登校が増加していることがよく挙げられていると思います。それに伴って今、学びの多様化学校や、N高グループのような通信制高校も増えていると思うんですけど、葉一先生はその現状についてどう思われていますか?
私はめちゃくちゃいいことだと思っています。
そもそも、「不登校」っていう言葉があんまり好きじゃないんですよね。「不」ってついているから。
要は、学校に行くのが当たり前で、それができないから「不」なわけですよね。
そうではなくて、その子たちはただ、「学校に行かない」っていう選択肢を選んだだけなんです。
この4、5年でようやく「学校に行かない選択肢を取るのもありだよね」という風潮になってきました。
でも、今はまだ、そうなった子たちの未来がどうなったのかわからないことが多いんですよ。
だから、我が子がそうなったときに、まず親が止まってしまう。「そんなんで将来どうするのよ」って。
そう言われた子どもは「学校」と「家庭」の双方から否定されたような感覚になってしまうんです。苦しくなってしまうんですよね。
でも、あと数年経てば、「そういう選択を取った子どもたちが、こういう場面で活躍しているよ」っていう事例がどんどん増えてくると思うんです。
そうなれば、親御さんも、我が子がそういう選択をしたいってなったときに「いいよ」って言いやすくなると思っています。
だから、「学校に行かない」という選択に対して、「それはダメだよ」ではなくて、「それもいいよね」という風にどんどんなっていったらいいなと思いますね。
一昨年パキスタン(※)に足を運ばれていましたが、実際現地でどのようなことを感じられたのかお聞きしたいです。
※パキスタンは、南アジアに位置する連邦共和制国家。

パキスタンは、アジアで1番識字率が低い国なんです。
貧しい国なので、子どもたちが「学校に通いたい」と言ったとしても、「あんたは働いてきてよ」、「お金を家に入れなさいよ」っていう状況なんですよね。
ある程度は知った上で訪問したのですが、実際に現地を見て、「こんなにも日本と違うんだ」と衝撃を受けました。
今回の訪問で、JICA(※)が支援で作った学校を見せていただいたんです。すごく印象的だったのは、そこで学んでいる子どもたちの目がすごくキラキラしていたんですよね。
比べちゃいけないかもしれませんが、日本の恵まれた環境で学ぶ子どもよりも、圧倒的に目がキラキラしているなと感じました。「学べることが楽しくて仕方がない」という気持ちが、空間から伝わってくるんです。
「教育にはこれほど大きなパワーがあるんだな」と改めて実感すると同時に、「この子たちのために、自分に何ができるんだろう」と考えさせられるきっかけにもなりました。
※JICAは、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関。開発途上国への国際協力を行っている。
※政府開発援助(ODA)は、開発途上国の開発を主な目的とする政府及び政府関係機関による協力活動として行う支援。
おっしゃる通り、今の日本は既に学べることが当たり前になってしまっているので、勉強することに喜びを見出すことが難しくなっていると感じています。その現状を変えるためには、どうすれば良いでしょうか?
本当に難しいですよね。
日本って良いことではあるんですけど、整っているし、便利なんです。
だから、学べることに対して感謝の気持ちを見出すことはすごく難しいと思います。
でも、私個人としては、「これまでいろいろなことを学んできたから、今、俺すごく楽しいよ」っていう姿を見せていきたいなと思っています。
将来、因数分解を使うことはないですし、古文単語をいくら知っていようが読み解く必要はありません。
でも、「そこを通ってきたから、今こうやって楽しめてるよ」っていう姿をいろんな大人が子どもたちに見せていけたら、少しは変わるんじゃないかなと思っているんです。
口であれこれ言うよりも、姿で見せた方が、今は届けられると思うんですよね。
子どもたちに「感謝しろよ、お前ら」って言ったところで、絶対響かないし(笑)。
親御さんも「昔はこういう大変なことがあったんだけど、そのおかげで今があるんだよ」というような話をお子さんにしていただけると嬉しいなと思います。
パキスタンでの経験を踏まえて、今後どのようなことに取り組んでいきたいですか?
海外の子どもたちって、近くに学校がない子がすごく多いんです。
1番近いところでも40km離れていたり、山を越えていかないといけなかったり。
だけど、パキスタンの田舎でもネットはつながっているんですよ。TikTokがめちゃくちゃ流行っていて、みんなスマホを見ているような子たちなんです。
だからきっと、「映像で学ぶ」っていうことは、準備さえ整えば、定着していくことができると思うんですよね。
発展途上国の子どもたちに今よりも整った学びの機会が提供できる世の中にしていきたいなっていうのは、私の夢のうちの一つです。

今この瞬間も不安と向き合っている中高生へ
最後に、いろいろな不安を抱えている中高生にメッセージをお願いします。
不安だったり、葛藤だったり、自己嫌悪だったり、自分にとってしんどい感情ってたくさんあると思うんですけど、「それでいいんだよ」って自分に言ってあげてほしいです。
今の子たちって、不安に思っている自分にへこむ子がすごく多いんですよ。自分が弱いからダメなんだ、みたいに。
違う、違う。
不安に思ったり、何かに葛藤したりしているのって、自分と向き合っているからだと思うんです。
だから、不安に思っているってことは、自分にちゃんと向き合って戦ってる瞬間だから、めちゃくちゃかっこいい時間なんですよ。
そういう感情がなくなるまでには、少し時間がかかると思うんですけど、そういう自分も否定せずにいてほしいです。
かっこいいことなんだよ、すげえことしてんだよ、っていうのは、忘れずにいてほしいなと思います。
終わりに
終始温かくお話ししてくださった葉一先生。
常に新たなゴールを掲げ、挑み続ける姿が、とても印象に残りました。
マイナスな感情は、人間として生きている限り、消えることはありません。
それでも、その感情を受け止め、ときに意味を変えながら、前を向いていく。
変わりゆく時代の中で、大切にしていきたいものを教えていただいたように感じます。
この記事が教育に目を向けるきっかけに、そして誰かの背中を押すきっかけになっていたなら、これほど嬉しいことはありません。


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