感覚に注目して作られたマップと博物館を楽しむ

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私たちの身体と切り離すことができない「感覚」。
その感覚が過敏で、日常の生活に困難を感じる人々がいることをご存知だろうか。
感覚過敏を抱えている人々は、一見何も困りごとがないように見えることも多く、筆者も感覚過敏の当事者だが、なかなか周囲から理解が得られず、肩身の狭さを感じることもあった。
そんな時、福岡県太宰府市にある九州国立博物館の、感覚が過敏な方や発達障がいのある方のために作られた「あんしんマップ」に出会った。
「あんしんマップ」を生み出した九州国立博物館の西島亜木子さんにお話を伺った。

(クレジット)
取材・写真・文=あつひめ(S高4期・ネットコース)

話を聞かせてくださった方
西島亜木子(にしじまあきこ)さん
九州国立博物館企画課教育普及担当

撮影=あつひめ
目次

あんしんマップとは?

音や光、においなどに敏感な人が安心して過ごしていただけるように作成されたマップです。
発達障がいのある方や感覚が過敏な方などが、事前に苦手なところや休める場所を確認することで、見通しをもって来館し、安心して過ごしていただくことを目指しています。

(明るい場所/暗い場所)

(大きな音がする場所/静かな場所)

人が多い(混雑している場所)

におい(においがする場所)

4つの項目と休憩所などを館内のマップに示しています。(九州国立博物館HP引用)

(あんしんマップ各種 九博HP引用)

九州国立博物館あんしんマップURL

あんしんガイドとは?

九州国立博物館を訪れる人が体験することを、写真と分かりやすい文章で説明した「あんしんガイド」。

発達障がい者が博物館を訪れる前に本ガイドを使うことで、どんな場所なのか、何をするのかなど事前に見通しを立てて来館し、安心して当館で過ごしていただくことを目指しています。
同伴者用のガイドもあります。(九州国立博物館HP引用)

九州国立博物館あんしんガイドのURL

(あんしんガイド 九博HP引用)
(あんしんガイド同伴者用 九博HP引用)

安心できるように

ーーあんしんマップ・あんしんガイドは誰に向けて作られたものですか。

「海外では自閉症の方を対象としたものが多いので、私は自閉症の方だけでなく、発達障がい者全体に向けて作ろうと思いました。
基本的には発達障がいの専門家や当事者の声を聞いて作りましたが、当事者以外の方にもお使いいただけると思います。
感覚過敏の方ももちろん沢山いらっしゃるので、多くの人が、この情報があることで安心できるのではないかと思っています。
ガイドの方は当館に初めて来る人のために作ったものなので、発達障がいや感覚過敏の方に限らず、初めて来る人が分かるように作りました。」

マップ・ガイドの誕生秘話

ーーあんしんマップが誕生したきっかけを教えてください。

「九州国立博物館は、誰もが楽しめる博物館を目指して、色々な取り組みをしています。視覚障がい者向けの触って楽しめる展示やイベント、当館には手話通訳のボランティアさんもいます。
その取り組みの中で、感覚が過敏な方や、発達障がいの方などに当館に来ていただくためにはどうしたらいいかと考えました。

私たちは専門家ではないので、特別支援学校の先生や発達障害を専門とされている福岡市発達障がい者支援センターの方にお話をお聞きした際、事前に音や光などの情報が分かると、当事者の方々は安心ができるとお聞きしたことが制作のきっかけです。
海外でセンサリーマップ(※)というものが割と普及している例を事前に知っていたので、ここでも作れないかと考えました。」

センサリーマップ:感覚が過敏な方でも安心してお過ごしいただけるように、光や音などの感覚情報を表したマップです。(東京国立博物館HPより)

ーーガイド制作のきっかけを教えてください。

「制作を始めた当時は、あんしんマップのみ作る予定でした。
特別支援学校の先生や専門家の方にお話を聞くうちにマップだけでは足りないことが分かって、ガイドも一緒に作ることになりました。
発達障がい者の方が安心して博物館を訪れるためには、事前にどのような場所か知っておいてもらうことが大事とお聞きしました。

博物館には多くのルールがあります。
例えば、傘を持ち込んではいけないとか。
当館の傘立ては外にあるのですが、それに気づかないで傘を持ったまま入ると、入った瞬間に監視のスタッフに『傘を外に預けてください』と注意されるんですよね。
館に入っていきなり注意をされるのは、発達障がいがある無しに関わらず、誰でも嫌ですよね。
発達障がい者の方はそのように注意されると、失敗したと思ってしまうようです。
その失敗が、『ここ苦手だな』という気持ちにつながってしまう。
傘について注意されたことで当館が苦手となってしまうのは、とても残念だなと思いました。

ですから、ガイドに『傘は、外で預けてから入りましょう』と明記したり、その他の博物館のルールを伝えたりして、『ここは楽しいところですよ』ということを事前に分かってもらえると、博物館をより楽しんでもらえるんじゃないかなと思って作りました。」

(あんしんガイド、傘やペットボトルの扱いについてのページ
九博HP引用)

ーーあんしんマップを5種類に分けている理由を教えてください。

「最初は音や光などの項目が全て載っているもの1種類にしようと思っていたのですが、発達障がい者支援センターの方と作っていく中で、例えば光の情報しかいらない人は他に載っている情報がノイズになってしまうと聞いて、それぞれの項目で分けて作ることにしました。」

感じ方は人それぞれ

ーー出来るまでの過程、作成する上で工夫したこと、発見したことを教えてください。

「最初に海外で作られているマップを参考に、一度私たちの方で作成しました。
その後、有識者の方々にヒアリングに行き、私たちが作ったマップを見てもらいながら修正点をお聞きして、福岡市の発達障がい者支援センターの方々と一緒に制作を進めました。
マップの記載が正しいかどうか、支援センターの方と一緒に館内を回ってもらって確認をしてもらいました。感じ方って人それぞれなので、あくまでもこのマップはベースで、気になる部分は自分で書き込んでもらえたらいいなと思っています。
最終的に完成するまで約一年かかりました。」

ーーデザイン、文章、色合いなど、制作する上で気を使ったことを教えてください。

「マップの名前は制作当時、海外の博物館で使われていた『センサリーマップ』という名前で表記していました。
ですが、この名前では日本人には伝わりづらいので、名前の変更について相談をしたり、マップの項目(音、光、におい、混雑している場所)は当事者の方が苦手だとお聞きしたこの4点の項目で良いかどうかや、紙のサイズ、色覚障がいの方にも見分けがつくような色の組み合わせなどについてもヒアリングを行いました。
有識者の方々とのやりとりを重ね、マップの方は最終的にデザイナーの方にデザインをしていただきました。
HPで公開されているマップを家で印刷する人のために、なるべくインクの消費が少ないデザインにしています。

(画像=西島さん提供)

必要とされる方はたくさんいる

ーーあんしんマップを作る中で苦労したこと、感じたことを教えてください。

「私たちは発達障がいの当事者のことを全然知らなくて、最初は本を読んだりしたのですが、それでも分からない部分もあって、専門家の話を聞いて、なんとなく分かっていくといった感じでした。
自閉症や発達障がいを持つお子さんの保護者や、当事者に関わっている発達障がい者支援センターの方々、感覚過敏を持った当館職員などに聞き取りをしました。
直接的に多くの当事者の方にお話を聞けなかったというところは苦労しました。」

ーーあんしんマップ・ガイドを作成しての反響を教えてください。

「あんしんマップの紹介を当館のX(旧Twitter)に掲載したときに、閲覧数が6万(取材時点)つきました。当館Xの閲覧数では過去1番かもしれません(笑)。
閲覧数だけでなく、当事者の方ご自身や当事者のご家族の方から、『このようなものがあるだけで嬉しいです』『マップを見て事前に知ることができてありがたい』などのたくさんのコメントもいただきました。
以前よりも放課後デイサービスの団体の方々などが増えたなと感じています。
予想以上にあんしんマップが必要な方がいると知って驚きました。
当事者の方って当館の職員の中にも沢山いると思いますし、お客様の中にも沢山いるんだろうなと思いましたね。」

実際の九州国立博物館Xの投稿

みんながみんなに優しくなってほしい

ーーあんしんマップによってどのようになってほしいですか?

「光や音などに敏感な人が世の中には沢山いて、そのような方々が沢山博物館には来ていますよということを、博物館に来られる方々に知ってもらいたいと思います。
あんしんマップが出たことで、感覚過敏がある方以外に感覚過敏というものを知ってもらえたというのは大きかったと思います。
みんながみんなに優しくなってもらえればなと思いますね。」

ーーもっとこの取り組みが広がっていってほしいと思っているのですが、九博のような大きな施設でないと作るのは難しいと思いますか。

「そんなことはないと思います!
ガイドの方は、誰もが作れるように、あえてIllustrator(※)などは使わずに、PowerPoint(※)で作りました。
マップもPowerPointやWordで作れるので、作ろうと思えば誰でも作れると思います。」

※・Illustrator:アドビが販売する編集ソフトウェア

・PowerPoint:マイクロソフトが販売しているプレゼンテーションソフトウェア

(Wikipedia引用)

PowerPointには、多くの人が標準的に使いこなせるツールだという印象があるようです。(筆者注)

ーーあんしんマップを作る上での予算はどのように確保したのですか?

「当館には外部から寄附をいただいて行っている事業で、賛助会というものがあります。その賛助会に企画を提示して、応募しました。」

知ってもらうことが第一歩

ーー感覚過敏に配慮したマップやガイド制作の取り組みを広げていくには、どのような工夫をしていったらいいと思いますか?

「まずは感覚過敏や発達障がいの当事者を知っていただくことだと思います。
取材をしていただいて色んな方に知っていただいたり、他の博物館や美術館などが真似してくれると嬉しいなと思っています。」

ーー目に見えづらい困難への配慮を意識できる社会にしていくためには、どうしていけばいいと考えますか?

「地道に、目に見えない困難を持っている人がいるということをわかってもらうのが一歩だと思います。
私たちが作ったマップのようなものを作ったり、他にも芳香剤などの化学物質のにおいが苦手な方がいらっしゃるので、芳香剤無しでトイレのにおいをどのくらい感じるのかといった実験もしています。
そういった地道な努力が必要なのかなと思います。」

『むしろ自分たちがバリアを張っていた』

ーー発達障がいの方や感覚過敏の方などに配慮したマップやガイドを制作された皆さんですが、このような取り組みをされる根源にはどのようなものがあるのでしょうか。

「これまで、むしろ私たちがバリアを作っていたということに気づいたんです。

『博物館は見ることがメインだから、目が見えない人は来ないのではないか』と思っていたし、実際に当事者の方にお話をお聞きした際、『博物館は行きません』と言われたこともあります。

そのバリアを作っているのは博物館側で、視覚障がい者の方が悪いわけではないじゃないですか。
そのバリアを取り除くことをしなければならないと気づいたので、いま現在も私含めグループ3人で様々なことに取り組んでいます。
でも3人だけの力では出来ないので、色んな人を巻き込んで、それぞれの役割の中でやっていければ段々広がっていって、みんなが楽しめるようになるのかなと思いますね。
そもそも文化、芸術を楽しむ権利というのは憲法で保障されているものですから、それが国立の博物館で出来ないというのは良くないなと思っています。」

ーー今後、皆さんがやりたいことなどがあれば教えてください。

「『カームダウンルーム(仮)』という、パニックになったときや心が落ち着かないときに逃げ込める部屋を現在製作中で、今年度中に完成する予定です。
もしパニックになってもこの部屋があるから大丈夫だなと来る前にわかって貰えること、実際に訪れてもらったときにはこの部屋があるから大丈夫だよねと思ってもらえるような部屋の準備をしています。
今後やりたいと思っているのは、認知症の方向けのプログラムですね。

あともう一つ、あまり浸透できていませんが、当館はお喋りしても良いんです。
博物館ってお喋りしちゃ駄目とか、特にお子さん連れだと、静かにしなくてはいけないから博物館には行きにくいといったこともあると思います。
当館にはお喋りしてはいけないというルールはないので、音声ガイドを聞かれている方や周囲の方にご迷惑のかからない程度の話し声であれば、全く構いませんし、赤ちゃんが泣いても注意はされません。
今後は、喋っても良いというのを普及させていきたいですね。」

あんしんマップ・あんしんガイドは博物館のエントランスと博物館最寄りの太宰府駅で入手できます。
博物館のホームページから閲覧、ダウンロードや郵送の申し込みも可能です。
九州国立博物館HP あんしんマップURLあんしんガイドURL
東京国立博物館HP センサリーマップURL

終わりに

取材を通して、感覚過敏や発達障がいと一口に言っても困りごとは人それぞれで、当事者を一括りにするのではなく、当事者の中にも色々な人がいること、感覚過敏や発達障がいだけでなく目に見えない困りごとを抱えた人々がいるということを常に心に留めながら、人と関わっていくことが必要だと思いました。
取材にご協力いただいた西島さま、同じく教育普及担当の加瀬さまに改めて感謝申し上げます。

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