「今を生きる若者へ」 対話で美術を捉える ~読み解き術~

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取材・文=Hiiro_116(N高7期・ネットコース)

「企画をするために、たくさんの案を出さなければ!」「今までと違うことをやってみたい!」そんな時に必要なのが「思考力」ではないだろうか。社会においても「課題発見力」などで求められてくる。

では、その「思考力」はどのようにして高められるのか。今回は、美術鑑賞を通じてその方法を提案したいと思う。

目次

美術鑑賞をしてみる

イベントの事後レポート

体験学習実行委員(※1)主催で開催されたイベント「芸術が伝える戦争の影 -過去から学ぶ平和学-」。N/S高では数少ない、戦争について扱うイベントだ。

2日間にわたり開催され、1日目は戦争の歴史を学び、2日目には戦争に関する芸術作品を鑑賞した。

(※1)ワークショップやトークセッションなどを、生徒主体で企画・運営する実行委員。

このイベントの2日目で行われたワークが、「対話型鑑賞」だ。
「対話型鑑賞」とは、作品から自分が読み取ったことを他の人と共有しながら、理解を深めていく鑑賞方法だ。

ここで、イベントで取り上げられた1つの美術作品を鑑賞してみよう。この絵から、どんなことが読み取れるか考えてみてほしい。

「巨人」(フランシスコ・デ・ゴヤ 作/弟子の作品であるとの説あり)
著作権等の都合上、画像を掲載しておりません。実際の絵画は、検索してみてください。

この後のお話で、作品の解説もある。しかし重要なのは、解答と解説が一致するかどうかではなく、思考のプロセスが適切かどうかだ。

今回は、イベントでもゲストとしてお呼びした、表現者として活動されている佐藤さんに、作品の解説と思考の方法について伺った。

佐藤 壮広 (さとう たけひろ)

山梨学院大学 特任准教授、表現者として活動。
専門は宗教学、表現文化学。

人間が外の情報をどう感じ、それをどのように表現するのかという「表現文化研究」をしています。

作品について

ーーまず、こちらの作品について、解説をお願いできますでしょうか。

これは、スペインの画家、フランシスコ・デ・ゴヤが制作した作品です。
近年の研究で、ゴヤの弟子が描いた可能性も指摘されていますが(笑)。

ゴヤはローマで修行を積み、宮廷画家として活躍しました。しかし、スペインの独立戦争の影響でフランスへ亡命しています。
この絵画は、そんな戦争の時代に描かれたものです。

ーーたしかに、作品からも全体的に暗い印象を受けますね。

ゴヤが活躍した時代は、描き手の個性や感受性を重視する「ロマン主義」という思想運動が起こっていました。この作品もその流れに位置付けられます。

まず、この絵には巨人が描かれていますね。
巨人は驚くほど大きく、背を向けて拳を振り上げています。芸術的に自由な時代でしたので、作品の中にはありえない表現が見られます。

作品のタイトルは「巨人」ですが、副題には「パニック」とついています。
絵の下部には、民衆や家畜が逃げ惑う様子が描かれています。
これは戦争に対する恐怖や脅威を、巨人の立ち向かう姿(戦争に向き合うこと)と対比して表現しているわけです。

ーー解説を聞いてから、また作品を見ると、腑に落ちます。
  どのように考えると作品を読み解くことができるのでしょうか?

読み解くときに意識してほしいことは、「1T3K」です。

ーーTとK、ですか?

私が学生に教えるときに使ってます(笑)。

「T」は「タイトル」です。
タイトル
は、作者の込めたメッセージであり、他の絵と区別する印になります。
作品に込められた意味について考えるときは、タイトルの範囲を外れないことが重要です。

そして「K」は「観察・解釈・考察」です。

観察では、作品の細部を見ます。描かれた事物の大小・明暗・動き・表情などに着目し、場所や時間帯、状況も考えます。このように細かく観察することが、絵の鑑賞を深める鍵になります。

解釈は、観察で得た情報を基に、絵の構成要素にそって読み解くことです。ここでは絵の内容から逸脱しないことが重要です。

考察では、絵を通して自分が何を感じ、考えたかを述べます。この1T3Kの流れを意識することで、深い読み取りが可能になります。

例えばこの絵で言えば、「群衆の慌てふためいている様子から、戦争は人々に大きな不安をもたらすもので、それでも敵が向かってきたら立ち向かうという人間の強い意志や覚悟を巨人の姿として描いていると解釈し、このことから、現在の日本の国防について考えるきっかけになった」となります。

ーー鑑賞の際、どうしても自分の解釈に寄りがちですが、絵の範囲で考えることも大切ですね。
  物事について広く考えるためのコツや意識すべきポイントはありますか?

まず基本的なことは、作品に描かれた細かい部分まで丁寧に観察することです。
特に、構図がどうなっているのかが重要です。
今回の作品で言えば、上には巨人、下には群衆、そして横方向に視線を移すと、空の描き方に特徴があります。

人間は視覚情報を捉える際、一般的に視線がZ型に動くと言われています。
この特性をふまえて、作品の意図を読み取るときには、鑑賞する自分自身の視線の動きを意識することで新たな発見が得られるかもしれません。Z型に見ることを心がけてみてください。

ーー視線まで意識するのですね。すごい。
  絵画鑑賞の魅力を教えてください!

絵画鑑賞の醍醐味は様々ですが、特にタイトルと作品を行き来しながら考えるプロセスにあると思います。
言葉と描かれたものとの間を往復しながら作品について多角的に考えることで、とても深い鑑賞になるのです。

絵画のフレームが四角いことにも注目してください。「なぜ四角い枠で物事を捉えようとするのか」と考えたことはありますか?
絵画鑑賞は、作者が四角い枠で切り取った世界と向き合う体験ともいえます。細部を観察することで、作者が創造した世界に没入し、「絵を体験する」感覚を味わえるのです。

美術との出会い

ーー佐藤さんが美術に触れるようになったきっかけは何ですか?

一つは、私の両親が絵画鑑賞を好んでいて、私が3歳か4歳の頃には家に絵画の百科事典があったこと。もう一つは、ミレーの「落穂拾い」が額に入れられ、リビングに飾られていたことです。
幼い頃から美術に触れる機会が多い環境で育ちました。もちろん絵はレプリカでしたが(笑)。

小さい頃、家にある絵画を眺めていると、絵の中に入っていくような不思議な感覚になることがありました。また、見るたびに新しい感想が湧いてくるのも面白くて、その経験が今の私に繋がっているのかなと思います。

ーー絵画のある生活、素敵ですね。

さらに言えば、故郷の青森の影響もあるかもしれません。
青森には棟方志功(むなかた しこう)(※1)という有名な板画家がいて、彼の板画作品も家にありました。

(※1)
板画家。青森県青森市生まれ。
板画のほかにも、倭画、油絵、書など数多くの傑作を残している。

https://munakatashiko-museum.jp/biography/ (一部引用)

普通は版画を刷った後に色を塗るのですが、棟方志功は版画の裏側から色を塗っていたんです。
そのため、独特な色の広がりが生まれ、他の作品とは違った印象を受けます(※2)。

(※2)
「板の生命を彫り起こす」という想いから、自らの版画を板画と称し、独自の世界を築き上げた。

http://www.chichibu.ne.jp/~yamato-a-t/munakata.html

もちろん、幼少期にそんなことを意識していたわけではなく、大人になってから気づいたことですけれど(笑)。

ーー作品を見てみましたが、たしかに独特ですね。色鮮やかで素敵です。
  今でもこういった作品を鑑賞されているのですか?

はい、今でも鑑賞しますし、交流しながら見る機会も増えました(笑)。

版画家で、名嘉睦稔(なか ぼくねん)(※3)という方がいらっしゃいます。
彼は棟方志功の作風を取り入れて、色鮮やかな沖縄の風景を描いています。

(※3)
版画家。沖縄県伊是名島(いぜなじま)出身。
絵画、イラスト、デザインを経て版画と出会う。

https://www.bokunen.com/ (一部引用)

ーー(調べていて)これ、版画なんですね! ビビット調に近いのに、全体としてまとまっていてすごいですね。
  佐藤さんの学生時代についてもお聞きしたいのですが……。

好奇心旺盛な学生生活を送っていました(笑)。
絵も好きでしたが、音楽にも興味があって、音楽サークルに所属していました。

ーー音楽サークルも! 素敵ですね!
  対話型鑑賞については、どこかで学ばれたのですか?

実はほとんど独学なんです。

ーーそうなんですか!?

独学とは言っても、別の分野で学んだことを応用しています。
例えば、1T3Kの3K、「観察・解釈・考察」という考え方は、哲学からの応用です。

ーー美術と哲学とは全く違う分野のように思えますが……。

では、本について考えてみましょう。白い紙の上に文字が書いてあり、それらの文字列は私たちに様々なことを教えてくれますね。しかし、顕微鏡で覗いてみたら、ただのインクの滲み、黒い点の集まりにしか見えないわけです。離れて見てみたら、意味のある物に見える。
おかしな話に聞こえるかもしれませんが、私たちは、インクの塊に意味を見いだしているわけです。

同じように、絵画も、描かれたものに意味を見出す作業が鑑賞の核にあります。
この「なぜ人はそう解釈するのか」を探るのが、哲学の一分野である解釈学です。

ーー美術作品やその他の物事と向き合う際に、大切にしている考え方はありますか?

まずはその事物や出来事をよく見ること。そして、そこに誰かがいれば、機会を見つけてお互いに感想を語り合うことですね。

特に意識しているのは、目の前の事物や出来事について抱く自分の気持ちの変化に気づくことです。その変化を受け止め、分析し、そこから次の行動を起こしていく。この繰り返しが大切だと思っています。

このプロセスを何度も繰り返しながら、自分自身や物事について深く考える時間が持てるといいですね。

対話について

ーー「対話型鑑賞」の名前にもあるように、「対話」も重要だと思うのですが、鑑賞とはどのように関係しているのでしょうか?

「自分との対話」という言葉があるように、一人でも対話はできます。
ただし、他者と対話して複数の目でその作品を読み取ることは、また別の考えを生みます

たくさんの人が集まるということは、それぞれの解釈が集まるということです。
一つの作品に対して、人数分の異なる世界が重なり合い、新しい考えが生まれるのが対話の魅力だと思います。

ーー対話することもまた、作品の理解を深める手掛かりになるのですね。
  意見を伝える際に不安を感じる人も多いと思いますが、その不安とどう向き合えばよいでしょうか?

まず、不安を「自分だけの問題」として捉えすぎないことが大切です。
不安は、周りの環境や影響を受けて生じる、その人なりの反応だと考えると、少し気が楽になるかもしれません。

その上で、最初は気の合う仲間と少人数で話し合う場を設けるとよいでしょう。場数を踏むことで、少しずつ慣れていくことが大切です。

慣れてきたら、次はもう少し大きな集団に挑戦してみてください。その際、不安を受け入れ合える雰囲気づくりが重要です。イベントの場合は、ファシリテーターがその役割を担います。
とはいえ、最終的には「自分から話す勇気」を持つことも必要です。進行役にすべてを委ねるのではなく、自分から一歩踏み出してみようという気持ちが大切です。

また、対話の中では、共感と違和感の両方があることを受け止める準備をしておきましょう。
別の意見が出るのは当然ですし、それを受け止め、共有する場づくりもまた対話を深めるために欠かせない要件です。

思考力の活用

ーー「鑑賞・観察」のプロセスから得られる学びとは何でしょうか?
  それが、どのように役立つかもお聞きしたいです。

一人で行う場合は、自分自身の思考を深めることができます。
一方、他者と行う場合には、思考を深める作業を共同で行うことで、多様な視点で物事を捉え、それを共有する喜びを味わえるのが魅力です。さらに、共有された学びを基に考えを組み立て直すことで、自分ひとりでは出来なかった新たな発見や理解が生まれます。

重要なのは、対話を通じて「観察・解釈・考察」を繰り返し行うことです。このプロセスは、日常生活での思考力を鍛えるのにも役立つと考えています。

ーー他の事にも同じようなアプローチが有効なのでしょうか?

はい、もちろんです。お話ししてきたプロセスのポイントは、「頭の中を自由にする」ということです。

例えば絵画の場合、私は学生たちに「その絵の見えない部分には何がありますか」と問いかけることがあります。絵画は、切り取られた世界ですが、その枠を超えて想像を広げると、新しい視点やアイデアが見えてくることがあります。

これは「そこに描かれていない何か」を想像し、考えてみるということです。科学的でも論理的でもない思考方法のようですが、先ほどの1T3Kの土台をふまえて、そこからさらに飛躍するためには必要なことだと考えています。

このような柔軟な思考法は、アイデア出しや問題解決の場面でも大いに役立つと思います。

ーー思考力に不安を感じる人に向けて、どのような心構えが重要だと考えますか?

一言でいえば、自分に限界を定めないことです。

人間には「不安」という感情がつきもので、それを解消するために形あるもの・ことに自分を当てはめ、安心しようとします。その安心感自体はとても大切ですが、同時に自分のものの見方や考え方、行動の幅などを狭めてしまうことがあります。

こうした事態を冷静に見つめる「自己省察の眼」を持つことは簡単ではありません。しかしそんな時にこそ、友人や学びの仲間との対話や語らいが大切です。

ーーでは最後に、読者に向けて一言お願いします!

たくさんの人と関わり、多様なものを見聞きすることは、みなさんにとってかけがえのない体験になります。
ぜひ、好奇心を大切にして、どんどん新しいことに挑戦してください。

その一つの手段として、「対話型鑑賞」も楽しみながら活用していただければ嬉しいです。

ーー本日は、貴重なお話をありがとうございました!

***

ここで、記事冒頭で行った鑑賞にもう一度戻ってみよう。
自分の考え方を振り返ることで、新たな発見や視点が見えてくるかもしれない。

今回のお話を参考にしながら、もし見落としていた点に気づけたなら、それは鑑賞を通じて得られる大切な「気づき」の一歩である。
絵画鑑賞を通じて、物事を深く考える力や新たな視点を得る楽しさを実感できたなら嬉しい。

アートから学べることは、目に映る美しさだけではなく、その奥に広がる多層的な意味やストーリー、そしてそれを想像する力である。
次にアートに触れる機会があれば、ぜひ今回の学びを活かして、作品とさらに深く向き合ってみてほしい。その時間が、思考力を磨く旅の新たな一歩になるはずだ。

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