誰も取り残されないデジタル社会について北欧から学ぼう!~Nordic Talks Japanに参加しました(後編)

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文=住井 円香(S高1期・ネットコース)

「誰も取り残されないデジタル社会について北欧から学ぼう!〜Nordic Talks Japanに参加しました(前編)」の続きです。

※ 記事は前・後編の2回に分けて掲載しています。今回は後編です。テーマの中の「信頼」を中心に話が進みました。

UNIVERSITY of CREATIVITY の入り口に設置された看板。手作りの温かさとセンスの良さがあふれる会場でした(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

【スピーカー】
・リッケ・ジーベア氏(以下リッケさん)
:デンマーク産業連盟デジタル化担当、デンマークデジタル庁前長官
・ヘンリク・ヨハンソン氏(以下ヘンリクさん):Crypto.com エグゼクティブ バイス プレジデント(成長戦略責任者)、Spotify Japan前最高責任者
・河野太郎氏(以下河野さん):衆議院議員、自民党広報本部長

【モデレーター】
・石倉洋子氏
:デジタル庁デジタル監、一橋大学名誉教授

※肩書は、イベント当時のものです。

目次

デジタル化の「価値」とは?「信頼」とは?

次にデジタル化の「価値」に議論が移りました。まず、河野さんが利用者にとっても価値を分かりやすくするためには「使いやすいものである必要がある」と話しました。

河野さんはシンガポールへ行った時に、顔認証システムを使い、すぐに行政システムにアクセスする姿を目の当たりにしたそうです。またこの一つのシステムを使えば、行政関連を網羅できるサービスが提供されていました。

それに対して、ここ日本では、「マイナンバーシステムを自分の携帯で使おうとしても、ログインするのが難しい」。加えて、政府だけでも沢山のシステムがあり、地方自治体の手続きでは、また別の異なるシステムを使う必要がある場合もあると指摘しました。そして、日本にある多くの規制が、簡単に利用できる統合されたデジタルシステムの構築を阻んでいるのではないか、との見解を示しました。

デジタル化の価値を高めるために、「使いやすいものである必要がある」と話す河野さん(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

その議論を通して、今回のもう一つのテーマである「信頼」についての意見も交わされました。

統合された一つのシステムを作ると、利便性がアップする一方で、アクセスするためのIDと個人情報を確実に保護するための手段が問われるようになります。そのシステムに紐づけられたすべての個人情報が流出してしまうリスクがあることを恐れる人が多いからです。そうした不安や恐れの意見に対して、ヘンリクさんは、ブロックチェーンの技術を例に挙げ、人々が信頼できるような「デジタルシステムを支えるテクノロジー面の解決策はすでにある」と述べた上で、「信頼についての定義を考える必要がある」と話しました。

「人々が『信頼する』と言うとき、それはどういう意味を持つのでしょうか。誰を信頼することを指しているのでしょうか。そして、どのレベルの信頼を必要とするのでしょうか」

ヘンリクさんの話す信頼のレベルとは、自分の個人情報をどの程度、自ら進んでそのシステムに委ねることができるか、ということを指しています。例えば、自分からソーシャルメディアを利用する場合と、公共機関が情報を管理する場合の意識の違いは、その情報の重要度のとらえ方の違いが考えられる、と言います。

「多くの人は、日常のやり取りに使うSNSに、個人情報を提供することにあまり問題を感じていないと思います。その理由の一つは、その情報がどこかに漏洩するという不安をあまり感じていないことです。誰かがそのアカウントに不正にアクセスし、(情報が漏洩することで)少し恥ずかしいこともあるかもしれませんが、おそらく、『世界の終わりだ』と思うほどの重大な問題が起こることはないでしょう」

それに対し、医療記録をデジタルで管理する場合には機密性が上がり、SNSとは異なるレベルでの信頼が求められるようになる、と指摘しました。

そこで「個人情報とは、実際には何を指しているのか」という点についても、議論する必要性があることを提起。「その個人情報とは、銀行との取り引きの履歴のことなのか、個人が抱えている病気のことを指すのか、はたまた個人の好きなもの・嫌いなものについてなのか。政府、特定の機関以外の人が閲覧できないようにしたいほど、個人的で機密性の高い情報は何か」と問いかけました。

そして、システムを利用するユーザーが、情報を提供することに価値を感じる条件としても、システム運営側が確実に「情報の安全を守ると信頼できること」、「情報の使用目的が利用者にとって非常に透明であること」を挙げました。

また、信頼の意味を考えるだけでなく、「どこから信頼を築き始めるかということを考えるといいかもしれない」と続けました。「初対面の相手と信頼関係を築くには、ある程度の時間がかかります。会って今すぐに私の銀行の情報をお伝えするつもりはありませんが、いつかお互いをよく知ることができれば、お伝えするかもしれません」。「人間関係でも、銀行の情報を伝えるに至るまでの信頼関係を構築するには時間を要するように、システムに個人情報を共有するまでの信頼を築くには、時間がかかるということです」

安易に使われがちな「信頼」という言葉ですが、そもそもユーザーの話す「信頼が何を意味するのか」という議論を深めることは、デジタルシステムを普及させる上で避けて通れない命題であると感じさせられる場面でした。

「信頼」をめぐって「定義」や「構築」、「透明性」などたくさんのキーワードをもとに議論が白熱しました(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

「信頼を築くのはとても難しいのに、失うのはとても簡単」

さらに、国への信頼の観点へと議論に移っていきました。河野さんは、多くの人が考えるデジタルへの信頼の形とは、個人のIDやパスワードが盗まれないという点と、医療記録や銀行などの記録について「その情報を使用する権限を持っている人が悪用せずに、適切な目的で情報を使用する」と指摘しました。そして、政府が義務的なシステムを作ろうとするとそれを信用しない人が必ずいるので、費用対効果面では望ましくないが、「ほかの選択肢が必要である」とも述べました。

ヘンリクさんと河野さんの話を受け、リッケさんは、「信頼を築くのはとても難しいのに、失うのはとても簡単だと考えていた」と語りました。「デンマークなどの北欧諸国では、もともと市民が政府に寄せる信頼が非常に高い」という背景もあるそうですが、それでもデジタルシステムを導入する際には「システム障害をたびたび起こして、人々の信頼を失うようなことがないようにする必要がある」と痛感しています。

「デンマークでは、eIDの導入から10年以上が経ち、eIDを使用した取り引きは60億件ありましたが、情報が盗まれるような事件はほとんど起きていません。また、eIDについては、準拠する必要のあるセキュリティに関するEU基準もあり、システムの安全性を確保するために役立っています」

ところが最近、一部のIT企業が公共部門から得たデータを悪用していたことが判明。そのことが、政府に対する信頼にも影響を及ぼしているそうです。「信頼は簡単に失われてしまいますから、データは非常に慎重に扱う必要があります」

SNSは人をつなげるのか、分断させるのか

インターネットの「人々をつなげる」という作用についても、意見が交わされました。
モデレーターの石倉さんは、デジタル化の利点として「地理的な国境を越えて、人々をつなぐことができるということ」としつつ、「エコーチェンバー現象※の影響で、分断が広がった」という側面もあると話します。そこで「SNSを使ってこの、分断が加速する流れを逆転させることができるのか、あるいは別の方向に進むことができるのか」という問いを投げかけました。

※エコーチェンバー現象
SNSにおいて、残響室(エコーチェンバー)の中で音が反響するように、自分と似た価値観を持つ人同士が交流することによって、自分と似た意見ばかりが目に入るようになり、特定の意見の偏りが増幅してしまう現象。

河野さんは、現在世界的に起きているマスク着用と自由の権利をめぐる議論を例に挙げ、「SNSを通じて、アメリカのマスク反対派の人々が、イギリスやデンマークやスウェーデンのマスク反対派の人々とつながる」など海外の同意見の人とつながりやすくする一方、実は「同じ国のマスク賛成派とマスク反対派をつなげることは非常に難しいこと」と答えました。SNSで何か投稿すると、ほかの似たような意見が投稿されたフィードを表示する設定になっていることも作用しているため、「同じ考えを持つ人たちとの結びつきが強くなる」面があるという問題点を指摘します。

そのため、河野さんは、「インターネットは人々をつなげているものの、同じイデオロギーの人同士をつなげているという側面が強い」という意見を述べました。

インターネットの人をつなぐ力と分断の問題点についても意見が交わされました(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

N高生も意見や質問で参加しました!

質疑応答の時間では、N高3年生(当時)水野重春さんが、日本でマイナンバーの浸透が進まない現状から、「メディアがポジティブに伝えられるように、マイナンバーカードを普及させることのインセンティブをメディアに与えるのはどうか」と意見を述べました。

石倉さんは、かつては政府が取り組むデジタル化を批判する報道が多くあったと感じていて、「政府が取り組むことは、最初からすべて完璧でなくてはならない」という認識がメディア側にもあったのではないか、と推測しました。

ヘンリクさんは「デジタルシステムは、改良を続けることによって向上させていくもの」とコメント。一方で、政府が何に取り組んでいるのか、そのプロセスが「システムが一般的に公開されるまでは、ほとんど共有されない」ために、一般の人に見えづらい状態であることも、メディアの認識と政府が伝えたいことがずれてしまう理由であると示唆しました。

また、政府のデジタルシステムは、公開されたときになって初めて多くの人がシステムとかかわりを持つようになるため、一般公開の前に、試験的に運用し、データを集めるなど、多くのステップを踏む民間企業のデジタルシステムとは異なる点にも言及。だからこそ、できるだけ早い段階で、どのようなシステムを導入しようとしているのかという計画を人々に伝えることが必要、と話しました。

N高生も意見や質問で参加しました!(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

N高3年生(当時)春田大翔さんは「マイナンバーカードがより多くの場面で利用できるようになれば、価値を高められるので、どのような政策をとるべきか」と尋ねました。

河野さんは「日本の官僚は紙を使う傾向があり、デジタルに精通した人があまりいないので、テクノロジーについてあまり知りません。自分がデジタルを使っていないと、マイナンバーカードがどれくらい便利かをほかの人に伝えるのは非常に困難」と明かし、まずは「霞が関がデジタル化すれば重要性・利便性を伝えるのがはるかに簡単になる。政府のデジタル化がカギだ」と答えました。

リッケさんは、デンマークでは政府だけではなく、民間の金融部門である銀行と連携してシステムを開発したことで国民がeIDをより多く使えるようになり、価値を実感できたことが推進力になった、と話しました。

これから必要なアクションは何か

最後に石倉さんは、これからのデジタル社会実現のために必要なアクションは何か、登壇者に問いかけました。

まずヘンリクさんは「今後50年でどのように発展するかを考えてサービスを構築することができる」と述べました。そして、利用者にとって大きな価値のあるデジタルサービス構築のために、民間部門と公共部門がデジタル技術について教育し、理解のレベルを上げることと、強力な対話が必要で「民間セクターの代表として一緒に推進できることを願っている」と話しました。

リッケさんも「協力が非常に重要なポイントである」と訴えました。そして信頼を構築し、維持するためにも、民間と公共部門の協力と「政府や政治家、議会、できるだけ多くの関係者が話し合いに参加する必要がある」と語りかけました。

河野さんは日本で旧式の携帯電話の電話サービスがまもなく終了することを「日本のターニングポイント」と挙げ、「高齢者など、いわゆるガラケーを使っていた人が、自分のスマートフォンを持っていき、使い方を学ぶことができるような、コミュニティーセンターを作る必要がある」と話しました。

スピーカーを務めた河野さん、リッケさん、ヘンリクさん(左から)。モデレーターの石倉さん(右端)。たくさんの気付きを散りばめたトークを聞かせていただき、ありがとうございました(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

終わりの言葉

閉会にあたり、主催者を代表してペールエリッケ・ヘーグベリ駐日スウェーデン大使が挨拶しました。

ヘーグベリ大使は、パンデミックによって「私たちは突然たくさんの時間を与えられた」と語り、通勤しなくても仕事ができたり、バーチャルで海外の美術館巡りを楽しむことができるなど、コロナ禍でわかったデジタル化の価値について振り返りました。またイベントの議論が「信頼とは何か」「自由とは何か」という哲学的な内容も含んでいたことが「個人的にはとてもよかった」と評価しました。

そして、世界の民主主義国が抱える不安として、ニュースを読んでも自分が好む情報しか得られないという現象が起こる「オピニオンコリドール(意見回廊)」を挙げ、「デジタル化の危険性についても正直に話し合うことが重要だと思う」と語りかけました。

最後にヘーグベリ大使は、日本のデジタル化推進について「トップダウンか、ボトムアップか」の議論があったことに触れ、北欧では歴史的に「国民に何をすべきかを伝えるのは政府ではなかった」と話しました。そして「政府は、強力な市民活動の不平や意見に耳を傾けてきた」と言います。「デジタル化は、耳を傾け、応答し、コミュニケーションをとるためのツールにもなりえます」「北欧諸国は日本とコミュニケーションをとりたいと思っています」と述べ、イベントを締めくくりました。

トークイベントを振り返り、閉会の挨拶をされたペールエリッケ・ヘーグベリ駐日スウェーデン大使。「哲学的な内容」を含んでいることを評価されていたことや、政府の「耳を傾ける」姿勢などの言葉が印象的でした(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

終わりに

今回のイベントに参加して、日本がデジタル化を推進するためのたくさんのヒントが詰まっていたように感じました。そしてイベント中は、「どうしたら、今回のお話の内容を同世代に広めることができるだろう」と、うずうずしながら、耳を傾けていました。

というのも、今回何度も繰り返された「協力」や「連携」、「ユーザー視点」といった視点が、いま多くの日本の人がデジタル化されたものに携わる中で感じているやりづらさやもどかしさを解消するためのワンステップになるのでは、と思ったからです。

議論の中でもありましたが、確かに国などの公共部門が私たちが気づかないところで取り組みを進める方が、デジタルトランスフォーメーションのスピードが速まるかもしれません。けれど、難しいように見えても、対話と協力をし続けることが、最終的には私たちユーザーの要望により近いものができていくこと、そしてヘーグベリ駐日スウェーデン大使がおっしゃったように、そのプロセス自体が私たちと国をつなぐコミュニケーションのツールになるのではないか、と考えました。

冒頭に触れた「IT革命」が流行語大賞に選ばれたのは、この記事を書いた私が生まれる前の話です。その後、ガラケーからスマートフォンへ、私たちが手にする端末は変化し、SNSが発展し、いつの間にかどんどんデジタル化は進んできました。そんな過程でデジタルを当たり前のものとして慣れ親しみながら成長した私たち世代が、参加の機会をいただいたこのトークイベントで得たヒントを活かす方法を見出していくことが大切なのだと思いました。

最後に、このイベントについて記事を書くことを快諾してくださったノルディックイノベーションハウス東京様、UNIVERSITY of CREATIVITY様と各大使館様に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

会場の参加者も含めて、閉会後に撮った集合写真。各国の代表者らが手作りの国旗を手に持ちました(Nordic Talks Japan / UNIVERSITY of CREATIVITY より提供)

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